このほど日本精神神経学会は「DSM-5病名・用語翻訳ガイドライン」を公表した。よく知られている様に DSM とは米精神医学協会が定める診断の手引で、最新版の DSM-5 は一年ほど前に最終的に決定されたものだ。内容は DSM における変更に対応した新しい訳語の提示と、もう一つは一部用語で disorder の訳語が「障害」から「症」に変更されたことは既に伝えられている通り。

DSM-5 では既に知られている通り、従来の Gender Identity Disorder が Gender Dysphoria に変更されている。これは用語だけの変更ではなく、定義の変更を伴っている。今回の「ガイドライン」では、これは「性別違和」とされている。いくつか説明を読んでみると、dysphoria とは、何らかの原因で不快であったり不安・不幸な状態にされること、なので、翻訳としては違和で間違いではない。しかし訳語というのは一対一で間違っていなければ良いのではなくて、それが日本語の体系に取り込まれた時にどんな位置付けをされるかが重要だと思う。


性別違和、というのは、何だか歯切れが悪い感じを私は受ける。おそらく現代日本語では違和という言葉は「違和感」という形の熟語として使われることが多いと思われるので、「言いかけて途中でやめた」様な感じがするからだろう。それに違和から「違和感」を連想されて「そういう”感じ”程度の問題なのか」という解釈を生みそうでもある。喋り言葉としては「セイベツイワ」という音の並びは後半で響きが弱くなって何となくキマらない様な気もする。

私は以前 DSM-5 での変更について覚え書きをした時に Gender Dysphoria を「性別齟齬」とした。「齟齬」ならばそこに解決すべき問題の存在が想起されてくる感じもするし、「性別違和」よりも名詞としてビシッとキマる感じがするからだった。

しかし、そもそも、

DSM 5 の病名や用語に対してさまざまな訳語が用いられ混乱が起きることのないように,日本 精神神経学会として,「DSM 5 病名・用語翻訳ガイドライン」(以下,ガイドライン)を作成するこ とが平成 24 年度理事会で決定された.

って、言うんだけど、実際に一つの用語に対して二つ三つの訳語が使われてそんなに問題があるんだろうか。こういう気の回し方は事勿れ主義が過ぎるというか、複数の訳語ができるならできるで、複数の語彙的角度から概念を見られるので、理解を進めるには有益ではないかという気もするのだが。

…という、何だか歯切れの悪い感想文でした(←こんなことを文末に書くのも再帰的に歯切れが悪いし)。ああ、とかなんとか書いている内に「性別違和」に慣れてきた様な気もするという歯切れの悪さ。