男と女にも「壁」がある!?丁々発止、思わず膝を打つ傑作対談。
本書は、フェミニズムや女性学といった男女平等をめざす運動と研究の歴史を踏まえて、「ジェンダー」「ジェンダーフリー」「男女共同参画」「フェミニズム」を積極的に擁護する立場で書かれています。各質問に簡潔に答えていくQ&A形式を中心としています。
本書は、第1に、法律の内容について、労働大臣による指針および行政通達にまで目配りをして、正確に読書に伝えることを目的としています。したがって、改正部分にとどまらず、とくに男女雇用機会均等法と労働基準法については、その全体が把握できるように努め、長い間にわたって本書を利用してもらえるように心がけています。第2に、読者層およびニーズの度合いに応じて法律の内容を理解してもらうために、「ホップ・ステップ・ジャンプ方式」をとり入れました。同時に、理解を助けるために図表を工夫してみました。また、原資料にあたることも重要ですから、指針については、そのまま収録するようにしました。さらに、重要なテクニカル用語については、キーワードの欄を設けて行政通達などによる定義も示しておきました。改訂版においては、第一に、育児休業法の内容を大幅に書き加えました。さらに、育児介護休業法全体についても解説しています。第二に、平成11年の労働者派遣の改正にともない、たとえばセクシュアルハラスメントに関する派遣先の配慮義務の規定が新設された点等を書き加えました。
失業やフリーター問題、女性の就業や少子化など現在の日本で進行している様々な問題を取り上げ、人々が生産活動を行い、その成果を分かち合えるような仕組みを考える。
21世紀に入って吹き荒れた日本のジェンダー・バッシング。今、あらためて「男女共同参画」=ジェンダー平等の課題を見つめ直すために。
食べることは色っぽい。味わうという言葉も、口に合わないという言い方も、考えてみれば男と女の味がする…。湯豆腐、苺ジャム、蕎麦、桃、とろろ芋、お汁粉、煮凝、ビスケット、無花果、おでん。食べもののある風景からたちのぼる、遠い日の女たちの記憶。ひたむきで、みだらで、どこか切ない19の掌篇集。
いったい誰のための男女共同参画社会なのか?セイフティーネットとして機能してきた主婦は本当に無用の長物か?子どもを不要とする社会的風潮はなぜ作り上げられたのか?少子化対策がなぜ子どもを増やすことでなく労働力確保に擦り替えられたのか?誤読から始まった「ジェンダー・フリー」が男女共同参画の名の下に君臨してしまっている今日、問題は山積している。本来、男女共同参画社会とは女性が安心して子どもを生み育てながら仕事を行える社会、男性も仕事だけでなく、家庭生活において家事・育児を行う社会ではなかったのか。少子化をさらに促進させ「女・女格差」を広げ、「一億総働きバチ社会」をつくる行政主導のフェミニズムに基づく「男女共同参画社会」の矛盾点をいま明らかにする。
本書は、戦後の日本の歴史上における転換点や、隠れたエピソードなどを、教育史の文献から選び出し、検討する。戦後の教育の歴史を、社会的動向と交差させたうえで、男女共学論や、教育システムとカリキュラムの問題、男女平等とセクソロジー教育との関係、「性」と人権などについて論じる。さらに現在では、「社会的な性」と「生物学的な性」というように、二元論的に認識されている「性」の問題を、トータルに一元論として、考える。そして、男女平等教育の実質的な推進のために、今後の方略を提案する。