1946年、麻生豊は日本の敗戦責任論を諷刺画に描いた。人物一は人物二が悪かったのだと指を指し、人物二は人物三に責任があるのだと言う。人物三は人物四に…、ぐるりと廻って、責任論は人物一に戻ってくる。他者の責任を問うことは、自己の責任をうやむやにすることになる場合がある。しかしこの絵、人物だけ今風に変えれば構図はそのまま65年後の現下の情勢を描いたことにできるのではないか。いったい日本ではどいつが悪いのだろうか。