「私」はアパートの一室でモツを串に刺し続けた。向いの部屋に住む女の背中一面には、迦陵頻伽の刺青があった。ある日、女は私の部屋の戸を開けた。「うちを連れて逃げてッ」-。圧倒的な小説作りの巧みさと見事な文章で、底辺に住む人々の情念を描き切る。直木賞受賞で文壇を騒然とさせた話題作。
十三世紀、ユーラシア大陸を席捲したモンゴル軍が占領したペルシャ高原のとある街。モンゴルの将軍とその命を狙うペルシャ人との暗闘を描いた「ペルシャの幻術師」(昭和三十一年、第八回講談倶楽部賞受賞)は司馬氏の幻のデビュー作で、文庫初登場である。同じく文庫初収録の「兜率天の巡礼」等、全八篇の短篇集。
惜しんでもあまりある、この作家。その六十九年の生涯と作品の魅力をあますところなく一冊に。丸谷才一、井上ひさしの弔辞から、昔を知る縁の人々の声、各界著名人のエッセイ・対談等に作品リスト、年譜、未公開写真、俳句までも収録した、愛読者のための完全編集版。“藤沢周平の遺した世界”を堪能し尽くす文芸読本である。
よい文章ーつまり、わかりやすく、自分にしか書けない、そんな文章を書こう!本書がめざすのは、種類やジャンルを超えたすべての文章に共通する創造的表現。実践的に作文用紙に鉛筆を走らせ、友達やプロの作家の作品を味わい、創作の過程を通して自分の言語観や文章観を鍛え直す。具体的で多様な課題に取り組むことにより、発想を形にする方法、〈メモ〉から文章を構成する手順、ことばの磨きかたを体験的に修得する文章表現の実戦書。もう何を書けばよいかわからない、なんて言わせない。
11世紀から13世紀まで、200年にわたって西欧キリスト教徒が行った近東への軍事遠征ーそれが十字軍である。ヨーロッパ側の史料と史観に依拠することもっぱらで、ときに「聖戦」の代名詞ともされる、この中世最大の文明衝突の実相は、はたしてどのようなものだったのだろうか。豊富な一次史料を用い、ジャーナリストならではの生き生きとした語り口で、アラブ・イスラム教徒の観点からリアルな歴史を再現して、通念を覆し偏見を正すとともに、今日なお続く抗争と対立からの脱却の途を示唆する反十字軍史。
木造の伝統工法を支える土壁が、阪神大震災以来、ふたたび注目されている。名匠と第一線の壁塗職人があますところなくつづる、歴史と工法。
世界には「歴史のある文明」と「歴史のない文明」がある。日本文明は「反中国」をアイデンティティとして生まれた。世界は一定の方向に発展しているのではない。筋道のない世界に筋道のある物語を与えるのが歴史だ。「国家」「国民」「国語」といった概念は、わずかこの一、二世紀の間に生まれたものにすぎない…などなど、一見突飛なようでいて、実は本質を鋭くついた歴史の見方・捉え方。目からウロコの落ちるような、雄大かつ刺激的な論考である。
「人間は万物の霊長である」と言うのは空虚ではない。「霊」と言う語を正しく位置づけることによって、自ずからその事実が明らかになる。本著は、誰にも分かる表現で、その事実を解明している。著者は神秘主義者ではない。医学も薬学も精神療法も肯定している。ただ、そのいずれにも限界があり、基本は本人の生命力で、結局「天は自ら助くる者を助く」と言う事実を、表現の極限を行使して説明している
高瀬舟で江戸に戻る途上で米屋の主人が変死を遂げた。折しも古河藩から迎えた養子と娘の祝言が決まった矢先の出来事だった。東吾が探っていくうちに、主人の懐に百両もの大金が残されていたことが判明。果たして何のための金だったのかー。東吾の推理が冴えわたる表題作ほか「伝通院の僧」「名月や」「紅葉散る」など全八篇。
大都市にふさわしいインフラと、品格のある魅力的な景観を持つ「東京」の実現のために、情熱をかたむけ奔走した人々がいた。幻の帝都復興計画の立役者・後藤新平、外苑の並木道や隅田公園を作り上げた折下吉延、井荻地区の区画整理を推進した内田秀五郎など。理想と情熱のかぎりを傾けて作り上げられたさまざまな都市計画は、どのように実現され、また挫折に至ったのか。関東大震災後や太平洋戦争後の復興計画から東京オリンピックにいたるまでのプランや歴史を丹念にたどるとともに、現代の都市計画の問題点を指摘する画期的な一冊。
文豪ゲーテは多くの貌をもつ。その文業とともに、終生情熱を傾けたのが、植物学・動物学・地質学・解剖学・気象学などに及ぶ広汎な自然研究であった。とりわけ形態学と色彩論はその白眉と言うべく、シュタイナーらの再評価を経て、現代的関心もきわめて高い。分析と還元を旨とする近代科学の方法に対して、綜合と全体化を目指すゲーテの理念の背景には、汎知学ーヘルメス学の伝統が控えている。『色彩論』の精髄たる「教示編」に加え、「科学方法論」を併載し、ゲーテ自然思想へのチチェローネとなす。
本書は日本建築の見方、見どころを数多くの実例をあげて、平易な文章と多数の図版を用いてわかりやすくまとめたものです。全国109か所の見どころ解説を付け、読みものとしてもおもしろく、またガイドブックとしても使い易いものを意図しました。
羌という遊牧の民の幼い集団が殺戮をのがれて生きのびた。年かさの少年は炎の中で、父と一族の復讐をちかう。商王を殺すー。それはこの時代、だれひとり思念にさえうかばぬ企てであった。少年の名は「望」、のちに商王朝を廃滅にみちびいた男である。中国古代にあって不滅の光芒をはなつこの人物を描きだす歴史叙事詩の傑作。
ひとを神々に贄として捧げる、そんないまわしい時代は去らしめねばならぬ。諸侯の協力を得て、周公を獄から救いだした望は、さらに機略を尽し周召同盟を成立させる。ここに叛意はととのった、宿望の日である。決戦の朝、牧野は清々しく晴れていた。未到の時空の光と風を甦らせる宮城谷文学の金字塔、完結篇。
話題作『青年茂吉』『壮年茂吉』『茂吉彷徨』につづく『斎藤茂吉伝』四部作の完結編。偉大な歌人の最後の輝きを描き出す一方で、老い衰えてゆく父親の悲しいながらもユーモラスで人間くさい実像を、作家北杜夫が身内ゆえに知りえた数多くのエピソードとともに浮き彫りにする。茂吉理解に新しい広がりを供する力作。
妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美を乗せたバスが崖から転落。妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。その日から杉田家の切なく奇妙な“秘密”の生活が始まった。映画「秘密」の原作であり、98年度のベストミステリーとして話題をさらった長篇、ついに文庫化。
人生の教師ーと慕われた60年の思索。そしていま、世紀の師表。