当然、家庭も学校も職場も感情文化に取り囲まれているわけだが、学校がとりわけ組織的に感情を社会化する強力な機関であることは言を俟たない。
日本の学校では、特に「気持ち」や「みんなの心を一つにすること」が重視される。感動や涙をめざして卒業式の練習が念入りに繰り返されるのも、その一例といえよう。
卒業式の練習がそうした感情の社会化場面であることは、次の回想からもうかがえる。
(中略)
このように、卒業式が「社会的な期待にそって心をこめるべき事態」であるという規範と、その規範に従う方法が、あらかじめ繰り返し教えられる。
式の参加者が感動を共有することをめざして児童への働きかけが行われ、式当日には演出と練習の結果が観客の前で演じられる。
このようにして、「感情文化」への招待は、個々人の内に「社会が積み上げてきた感情」を刻印することをもってなされる。
(講談社選書メチエ『卒業式の歴史学』有本真紀 14-15頁)