[カトリックに(なりたく)なっちゃった話]
ラディカルな無神論者とあまり敬虔でないカトリックとのハーフとして生まれたわたくしは
両者の協議の末「幼児洗礼は受けさせない代わりにカトリック教育の海に放流する、どの陸地に上がるかは18歳になったら本人が決める」ということにされていた。
その結果わたくしが最初に目覚めたのはイエズス様と神様の世界だったけど、まもなくその世界でわたくしは本物でなく(洗礼受けてないから)、さらにはその世界自体がどうやら「世間(日本)」の標準ではないという困った立場に立つことになる。
一方むさぼるように読んだ文学(児童文学からリライトしてない古典まで)にはまだ見ぬヨーロッパがあり、どうやら「そこ」がわたくしの本来の場所なんじゃないかというような漠然とした希望があってみたり。
自分の意志で受洗することを許される日まで想いに忠実に過ごすかと思いきや中学に入ってからデミアンを読んだりこんなことがあったりして「違うかも」と思い始めたり。
ひとしきり紆余曲折がありつつ(なんか自分はこの問いからはずっと逃れられないかも) (じゃあ足場だけは固めとくか)と決心したのは結局父が最初に決めたのと同じ18歳の時。
なんと予定調和な着地。
といいつつ最初のカトリックモデルが「あまり敬虔でない」(=葬式仏教に若干似ている)だったあたりに日本の宗教風土との融和が見られるのである。
quadratus (★)のことを語る
