ぼくね、もりのなかのひみつのばしょに、はなばたけをつくったんだ。でも、へんだなあ、はながへってる。だれなんだ、ぼくのはなをとっていくのは…。
トマス館てのは、ぼくらがくらしてる聖啓学院中等部の寮の名前。6年制男子校だから女の子は…いない。まるでサギだ!というわけでぼはく、通学途中にみかけたいずみちゃんに恋をして、やっとのことで告白。そしたら…どう説明すればいいのか…いずみちゃんがぼくの寮の部屋に…いっしょに住むことになっちゃったんだ。
「オレってどーしてこー頭わりーんだろー」と、密かにおナゲキの諸兄に。キミの頭が悪いのではない。使い方が悪いだけなのだ。“思考”のことならおまかせのMr.ナカガワが贈る、「正しい頭の使い方」堂々登場。
例えば、雨の降る午前中お部屋に1人でいる時、晴れた日の午後2人で第3京浜をドライブする時、あるいは夜のベッド・ルームではーといった100種類のシチュエーションにピッタリくる100枚のレコードを3000枚のコレクションから選び、紹介します。と同時に、お店やドライブの含蓄のあるおすすめコースもアドバイス。東京生活の達人、田中康夫ならではの、東京24時間快適カタログ。
戦争が終わってまだ45年。だから君に。戦争が終わってもう45年。でも、君に。あのころ子どもだった世界12の国の12人から君に贈ります。小学校上級生から。
ピラトは、もう、くたくた。ねむたくって、しようがありません…でもね、いくらねばしょをさがしても、しずかなところは、みつかりません。いつだって、みんながじゃまをするんです!ともだちも、ときにはうるさいものですね。
母さんに言わせると、ぼくは落ちこぼれである。私立に落ちて、公立中学にしか行けなかったからだ。そんなぼくの成績をめぐって、両親は毎日けんかばかり。ぼくは、その暗い空気をなんとかしたくて、サッカー部の相原先輩に相談してみた。すると、とんでもないアイデアが出てきたのだ。ハンパなけんかはやめて、徹底的に、スタミナを使い果たすまで戦ってもらい、それをぼくらが観戦しようというものだった…。「ぼくらグループ」の応援で、後輩、青葉光たちがやる気になった、はじめての「冒険」。笑いと友情の物語。
むしばがいっぱいで、そうめんしかたべられないそうくんと、ぼくはともだちになった。そうくんのおとうさんたちは、かしゅをめざして、おおさかにいるんだ。だけど、そうくんは、いつもげんきにぼくのいえのはいしゃに、かよってくる。きょうは、そうくんとなんであそぼうかな?
わかばえんのにわに、ガガガーッとおおきなおとをたてて、クレーンしゃやパワーショベルカーがやってきました。それをみて、やすしはきょうしつをとびだしました。そしてやすしはおおきなおおきなクレーンしゃをかくことにしたのです。小学校1〜2年生むき。
このほん、よんできみもネコはかせになろう!ネコは、ともだち。4歳から。
1500勝達成を間近にして明かす勝負どき仕掛けどころ。ターフスタイルはネバー・ギブ・アップ!実力派ジョッキーが綴るレース論、勝負論、そして、人生論。
田尾庸平、33歳。身長163センチ、体重75キロ、出っ歯、出っ腹、短足、ガニ股、典型的原日本人的体型。無芸大食、小さな広告代理店のCMディレクター。無類のグルメ・アイディアマンで、次々と企画を連発。その結果、大手の太陽新聞社の事業部社員にスカウトされて…。サラリーマン田尾庸平の、痛快ぶりを描くグルメ出世小説。
二学期がはじまってまもなく、暢大さんは入院した。病名は骨肉腫。点滴、輸血、そして、左足切断…。苦しい治療に耐え、希望をすてずにがんばる暢大さんを、5年3組のなかま達は毎日手紙を書いてはげましつづける。上谷暢大さんと、暢大さんをささえたクラスの友達、担任の先生、そして家族の、4か月にわたる闘病の記録。
金色のウイスキーと緑色のミステリー。言論統制と映画。ガンジスの流れと鎌倉の四季。海軍飛行隊とあの夏の敗戦。荒地トウキョウ…。何十人もの友人や知己があの世へのピクニックに出かけたまま帰らぬ今、詩人は一人「昭和」の自分史を語りだす。