窪田さまの保さまと呼ばれる男と間違われた蛙十内は、おつたという奇怪な美女と甘美のひとときを過ごして行方不明となった。さらに、江戸の巷では、いくつもの仏具屋から、つぎつぎに仏像が盗み去られていた。日本橋の薬種商『南天堂』の隠居からたびたび大金を強要していた下谷に住む旗本川原伝十郎が何者かに殺された。ところが、川原伝十郎がもう一人いた。-海賊一味の陰謀を暴く颯爽の若さま紋十郎。
総合病院の内科医の蝶塚は、麻里子と付き合いだした頃から何かが狂い始めていた。彼女の父親は蝶塚の患者だったが、末期の胃がんで死亡。葬儀の日、喪服姿の彼女から誘われたのが始まりだった。がさり、ざわざわ…内耳でしきりに蜘蛛の這う音がし、蝶塚は蜘蛛の幻影に怯え、狂ったように京都の街を彷徨い歩く。蝶塚は、土蜘蛛塚や大将軍八神社に近づくことを恐れていた。それらは蜘蛛を連想させるためだが、蜘蛛に関する知識を吹き込んだのは臨床検査技師の八坂であった。
「神父様。私は罪を犯しました」。ゆっくりと語り始めたその声は、吟遊詩人の唄声のように澄み、悪魔の声のように淫らな魅力を放っていた…。美しく張り巡らされた蜘蛛の巣に織り込まれた5つの寓話。
最盛期の4年を兵役で棒にふりながらも、二度の3冠王、連続打席出塁・年間出塁率・生涯出塁率1位の記録を持つ男とナイスガイたちの関係とは。世界最高峰のジャーナリスト(ピューリッツァー賞受賞)が描く傑作ヒューマン・ドキュメント。
今年一月に芥川賞を受賞した『共喰い』がベストセラーとなり、今もっとも注目を浴びる作家・田中慎弥さんの受賞第一作です。日中戦争で傷を負い不名誉な形で戦線を離脱、複雑な胸中を隠したまま戦後を過ごしてきた「父」が、昭和天皇の死を受けてとった行動とはーー。
田中氏自身を彷彿とさせる作家が受け取った読者からの手紙、という「枠物語」の手法をとりながら展開される数奇な物語。「父と息子」「戦争の記憶」「介護」といった骨太のテーマが、不気味な蜘蛛のイメージと共に描かれます。
「戦争体験」「父と子」「介護」といった重いテーマに正面から挑んだ意欲作。また、一種のミステリーとしても読める構造をもっており、文学の醍醐味をとことん味あわさせてくれる珠玉の一作です。なお、カバー装画は線香の炎で紙を焼き、繊細なイメージを描き出す異色のアーティスト・市川孝典さんの作品です。こちらも合わせてお楽しみください。
光春は、洋卓ごしに鉄之助をジッと見つめました。彼の目は、どうかすると緑色に見えるのです。そういう彼の瞳に、覗き込むように見詰められると、もういけません。言いたくない、言いたくないという気持ちとは裏腹に、口は操り人形のように勝手に動きだしていました。「…ウン。じつは…或る日の、ことなんだ」-そして語り出す。「衛生博覧会」に展示されていた、臀部の模型の肌ざわり、肉感、拒むようなきつい締め付けを…あの変態的な情欲のあらましをー。
暗闇から抜け出せなくても、手を握っているよ。恋愛の絶望と希望を描く救済の物語。
蜘蛛は待っている。かわいそうなあなたが網にかかるのを…。河津チェリーは、だれからも好かれる転校生。しかしその裏の顔は、血まみれのモンスター…。いくどもの晩餐で、人間だけが持つ愛情にふれた蜘蛛女。冷たい心に変化のきざしが…!? 感染する恐怖が息をのむ読みきり「教えてあげる」も収録。
一人の男の戦後を家族史として描いた意欲作
日中戦争の傷を抱えながら戦後を生きてきた父が昭和天皇の死に際し下した決断とは? 「父と息子」「戦争の記憶」に挑んだ傑作中篇。
多岐川瑠璃子は実家住まいの歯科衛生士、33歳。家と職場の往復だけの単調な日々を過ごしている。離婚した妹が実家に子供を連れて戻ってきたので、自分が出て行かなければならないのか……と考えていたときに、同僚から聞いた出会い系サイトにアクセスする。同僚はそこで結婚相手を見つけたというのだ。ほのかな期待を抱きながら、気になる男に勇気を出してメールを送ってみた瑠璃子。程なくして、相手の男から返信が来る。舞い上がる瑠璃子。何度かのやりとりの後、二人は会うことになる。この男の名前は、佐々木一希。瑠璃子よりも7つ年下の商社マンだ。二人は急速に惹かれあい、やがて身体を重ねるーー。瑠璃子は信じられないような幸福に身をゆだねつつも、一抹の不安を覚える。本当にこんなに幸せでいいのだろうか……。そう思いながらも、二人の間に、結婚話が持ち上がる。