写真家はカメラを向ける。写真の力を信じて、伝えるという自分の仕事を信じて…。活躍中の女性ドキュメンタリー写真家10人のインタビュー集。
「見る」ことは、その時代の価値体系に常に拘束されている-。写真・カタログ・家具から超高層建築に到るまで、事物と空間に隈なく浸透する「視線」の隠喩の解明を通じて、想像力や思考と「視線」との不可分のダイナミズムを照射する。現代思想の最新成果を駆使し、今日の文化を根源的に捉え直す画期的視座
退廃するロシアから北朝鮮の病理まで世紀の節目に訪れ思い検証した東アジアのエトスとは。
“口ほどにものを言う”人の目の発達と進化。心理学・認知科学のフォアフロント、視線理解の決定的論集。
旅をして何を感じるか?あるいは人生の過去に何を想うか?一見、それは人それぞれに違っているように思える。しかし、ある時代、ある階層、ある国籍として括ってみると、「風景」を捉える言葉は、驚くほど似通っていることに気づく。旅行雑誌の紀行文、大人や子供の様々な作文に現れる、ジオ・ポリティック(社会的な後風景観)とジオ・ポエティック(個人的な原風景観)の微妙な作用を焙りだし、場所を捉える心の機微を解こうとする意欲作。
事例とワンポイント演習により実践力を強化。介護福祉士にとって大切なソーシャルワークを解りやすく解説。ソーシャルワークを理解することによりさらに介護福祉士の役割が見えてきます。
本書は、独自のデザイン六法といえるだろう。インスピレーションを得るもよし、漠然と眺めるもよし、研究に利用するもよし。範例集にも、アートディレクターのためのスタンダード本にもなり得る。無尽蔵のアイデアに満たされているので、自分自身で凝視させるトリックを発案できるかもしれない。なお、本書に取り上げられたすべての実例は、企業や商品の広告である。
見ること、それは「もの」を知覚すること。視線を意識することは「もの」自体にも作用し私たちの認識に影響を及ぼす。例えば我々は道路に描かれた平行線を手がかりに距離を知覚する。これは絵画の遠近法の影響であり、ひいてはこの知覚に基づき街が造られるようになった。本書は視覚的表現や事物と、人間の関係についての考察。あらゆる表現物に刻み込まれた人々の様態を丹念に読み取り、言語化できない無意識な視線を介して世界を見る方法を提示する。またその無意識の世界が、我々の文化の地層を変えていく様相を丹念に語る。思想・美術など幅広い分野に足跡を残す著者の代表作。
わたしは「小国」の市民になりたいと思っていた。アメリカ合衆国に生まれ、のちにソ連を実際に見てから、大国の周縁の国々のほうが自分の気質に合っていると感じた。アメリカを去ってこれまでたどった道程をふりかえり、自分なりの答えを見つけたいと思ったのが、この本を書いた理由である…地球が小さくなって、人はさまざまな道を生きる。周縁の国を求めた異色作家パルバースは、なぜアメリカ人をやめたか。
「見る」ことは、その時代の価値体系に常に拘束されている-。写真・カタログ・家具から超高層建築に到るまで、事物と空間に隅なく浸透する〈視線〉の隠喩の解明を通して、想像力や思考と〈視線〉との不可分のダイナミズムを照射する。現代思想の最新成果を駆使し、今日の文化を根源的に捉え直す画期的な視座。
一人の女性挿絵画家の生涯と作品に焦点を当て、収集した挿絵から、画家の全体像、当時の女性挿絵画家の類型、さらに、時代の道徳観や社会事情など、ヴィクトリア朝という時代を多層的に読み取り、ジェンダー・イデオロギーに基づくヴィクトリア朝の女性性の諸相を明らかにすることが、本書の目的である。
断片的で難解といわれるレヴィナスのテクストに刻み込まれているのは、二〇世紀に生じたさまざまな「無用の苦しみ」への問いである。『全体性と無限』『存在するとはべつのしかたで』という二つのテクストを緻密に読み解くなかで、覆いがたい絶望を前になおも希望を紡ぎつづけようとするレヴィナスの強靭な思考が、鮮やかに浮かび上がってくる。20世紀の惨禍を生き延びた者の希望の倫理学。
“爆速”ヤフー創業以来の理念に学ぶ。従来の広告宣伝手法が通用しなくなるデジタルコンバージェンスの到来。キーパーソンが語る「放送と通信の融合」を生き抜くための指針。