ミュラー、オットー、レーウ、エリアーデ、メンシングー比較宗教学の半世紀。
その、生き難さに抗うために。女が、リブの、中国の、アジアの、ロシアの、戦時下の、植民地の、無数の女たちに、時空を超え、国境を超えて、互いに出会いなおすための、フェミニズム批評。女性解放の息吹を受けつぎ、現在へつないでいく、珠玉の評論集。
社交不安における自己注目と他者注目の統一的理解にむけた方法論を構築し、その過程を通して、社交不安における自己注目と他者注目の異同や関連性を明らかにする。
●探せばどこかにじぶんはある? ●女の子は「女装」によって女になる ●過敏になったじぶんの先端 ●小さな不幸がひきたて幸福 ●アイデンティティの衣替え ●わたしはだれにとっての他者か ●他者のなかに位置を占めていない不安 ●泳ぐ視線、のぞく視線、折れ曲がる視線 ●他人の視線を飾る行為 ●じぶんがぼやけることの心地よさ
わたしってだれ? じぶんってなに? じぶん固有のものをじぶんの内に求めることを疑い、他者との関係のなかにじぶんの姿を探る。
探せばどこかにじぶんはある?--「じぶんらしく」なりたい、じぶんとはいったいどういう存在なのかを確認したいと思って、じぶんのなかを探す。顔がいい? 走りが速い? 計算が速くて正確? 明るい? ……どれをとってもわたしだけに固有のものってありはしない。このような性質や能力はだれもが多かれ少かれもっているものだ。性別や年齢や国籍などというのは、それこそみんながもっている。だから、その1つ1つはだれもがもっているものであるにしても、それらの組み合わせにひとりひとり独自のものがあるのだ、というのは、そのときだれもが思いつく論理である。が、これがじぶんというものの、かけがえのない不二の存在を証しているなどというには、あまりにも貧弱な論理であるのは、だれもが直観的に気づいている。--本書より
JEUNESSE-ジュネスーとは、年若いこと。若さとは、いまだ問いを呑み込まず、宇宙の風にさらされること。いわゆる「教養」や「知的好奇心」は、大人のスマートな会話に似合いそうな言葉です。立ち止まってみましょう。自分はどんな問いの渦の上に立っているのか。かすかな謎のささやきに耳を傾ける感性を、また、どんな権威や常識にも頼らぬ思考を、私たちはJEUNESSEと呼びます。古い問題をもう1度新たに問い直し、あたりまえに見える目の前の世界に想像力の自由な視線をめぐらすとき、見たこともない像が立ち上がるのです。現代新書JEUNESSEは、そんな知的感性を大切にしたいと考えます。
●探せばどこかにじぶんはある?
●女の子は「女装」によって女になる
●過敏になったじぶんの先端
●小さな不幸がひきたて幸福
●アイデンティティの衣替え
●わたしはだれにとっての他者か
●他者のなかに位置を占めていない不安
●泳ぐ視線、のぞく視線、折れ曲がる視線
●他人の視線を飾る行為
●じぶんがぼやけることの心地よさ
異世界帰りの“元”救世主・タケル。現実世界で実力を隠し、日常生活を送ろうとするも、強すぎる力は敵の目を引き付けてしまう。さらに、学園内でもタケルに熱い視線を送る者が──!?
くしゃみするだけでかわいいのはキミだけ
授業中に視線送り合っちゃうのはキミだけ
ふと今頃お風呂かなとか思っちゃうのはキミだけ
一緒に走るだけで笑っちゃうのはキミだけ
どこまでも一緒だって思うのはキミだけ
目指すはエースの座と全国の頂点! 2年生となり、ついに甲子園デビューを果たした沢村栄純と、青道高校野球部の新たな挑戦が始まる!
「手に入れたいのは あの日以上のピッチング‥」‥‥東西の強豪戦う春季大会準決勝。青道は新1年生・結城将司を7番・レフトでスタメンで抜擢!! そしてマウンドでは、沢村と降谷が甲子園での経験を糧に、それぞれの変化を見せていた。
兆し
期待か願望か
視線の先
他所のエース
キャッチボール
ワガママ
心の中
トライアングル
ナンバーズ
先攻
諸事情あって兄弟5人で倉敷に越してきた高校生の零次。ある日、ふと奇妙な視線を感じる。一方、零次宅の向かいにある『枳殻童話専門店』の主人・九十九は、雪のように冷たい美貌の少年と知り合い…?
中学3年生になったカンナは、ハルタと同じクラスになった。ハルタの両親の離婚などでなんとなく疎遠になっていたが、屈託のない笑顔で接してくるハルタを見て一気に昔の感覚が蘇る。そしてある日、カンナは気づく。女子達の視線はハルタに集中している…?
週刊『JIDAI』の女性編集者、松方弘子29歳元巨乳。寝食も忘れ、凄まじい勢いで仕事に没頭する彼女のニックネームは人呼んで『働きマン』。仕事人間の松方だけでなく、松方の周りで働く様々なタイプの人達の視線を通して、「働くとは何か」を問う! 2006年10月には、フジテレビでアニメ化。2007年10月には、日本テレビで菅野美穂主演でドラマ化。
「植物状態患者」は自分自身や周囲の環境を認識できず、他者と関係することが不可能だと定義されている。しかし実際に彼らと接する看護師や医師の多くは、この定義では理解できない「患者の力」を目の当たりにする。自然科学は彼らを「意識障害」としか診断できない。そこで著者は現象学という哲学を使って、その〈何か〉を探究し始める。
植物状態患者のみならず、高齢者や認知症などのケア、日々のコミュニケーションにも通じる、「目で触れ、耳で見る」ような身体のあり方を描く一冊。
“長田弘という詩人にこんな言葉がある。「みえてはいるが誰れもみえていないものをみえるようにするのが、詩だ」。わたしはこれこそ現象学の定義だと考えてきたものだが、この定義は西村さんの現象学のなかでなによりも生かされているとおもう。……わたしが西村さんのお仕事に読み取ったもっともたいせつだとおもわれること、それはひとつの身体的な存在が別の身体的な存在のかたわらにあるときに、そこに生まれる身体のコモンセンス、いいかえると感覚相互の浸透しあいでありまた社会的な感覚でもあるようなコモンセンス、それを科学は引き裂いてきたのではないかという問いである。本書でしめされているのは、哲学と臨床とがひとりの人のなかで深く交差した、稀有な仕事だとおもう。”--鷲田清一(本書「解説」より)
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「植物状態」は「意識障害」ではないーー。人と人との関わりのうちにある〈何か〉を掬い出す、臨床の哲学。
[目次]
第一章 〈植物状態患者の世界〉への接近
1 植物状態患者との出会い
2 方法論的模索
第二章 看護経験の語り
1 Tセンターでの経験
2 受け持ち患者との関わりをふり返る
3 経験のふり返りと気づき
第三章 〈身体〉を介して交流する看護ケア
1 視線が絡む
2 手の感触が残る
3 タイミングが合う
4 交流が成立する基盤
第四章 臨床のいとなみへのまなざし
1 探究プロセスの振り返り
2 看護研究における現象学的方法論の課題
解説 臨床のまなざし、現象学の思考ーー鷲田清一
鏡の前の女の意識の流れ、性をめぐる自由奔放な空想と溢れるイメージの連鎖を結晶化させた実験小説「水晶幻想」。亡き恋人を慕い〈輪廻転生〉を想う女の独白「抒情歌」。生きものの死を冷厳に見据える“虚無”の視線「禽獣」。「青い海黒い海」「春景色」「死者の書」「それを見た人達」「散りぬるを」等、前衛的手法のみられる初期短篇8篇。“死への強い憧憬”を底流とした著者の文学の原点。
●青い海黒い海
●春景色
●死者の書
●水晶幻想
●抒情歌
●それを見た人達
●禽獣
●散りぬるを
ヨーロッパ近代が生んだ遠近法と中心がたえず移動する日本特有の空間。視線の差異の発見と再発見、野性空間・田園・都市における風景観念の比較を通して、主体ーー客体二元論たる近代景観論の解体を論じ、ポスト・モダンの風景=〈造景の時代〉を予見する。
風景としの田園ーーこのような田舎の都市生活社たちは、周囲の環境に向けて、往時の農民とはもはやまったく無縁の視線を注ぐ。彼らにとっては田園はまず風景である。だからこそ彼らは田舎らしさの記号を、農家風の建築や手動ポンプの井戸を保存したいと熱烈に願う。そして反対に高圧線や野外広告等、風景を損なう近代経済の記号が拡がることに反対する。すなわち彼らはきわめて忠実な農村風景の守護者なのである。けれども彼らは農業にはまったく無縁で、たいていの場合、地域社会の新参者にすぎない。そのため地域社会は彼らに対して、しばしば煮え切らない対応を見せる。しかしながら田園の都市生活者の趣味嗜好は社会全体において支配的な潮流となり、そのため彼らの風景に関する主張が一般に優位に立つことになる。かつて都市生活者によって発見された田園風景は、こうして農民の消滅のおかげで田舎に対してさえも押しつけられるようになったのである。--本書より
●ポスト・モダンと風景
●人類学的共通基盤
●視線とその変化
近代景観の成立
●発見と再発見
●野性の空間から自然の風景へ
近代における山岳風景の誕生
●田園から田園風景へ
●都市から都市風景へ
都市のメゾコスモス
●風景の彼方へーー造景の時代
芸術作品としての環境
他社とのプレゼン対決でも負けないやり手の山寺隆一。グルマンの彼は仕事終わりの食事でも一切妥協なし! 絶品のご当地料理に箸が進む中、相席した奥様からの誘惑の視線には勝てず…!?
冷えた体を温める料理に舌鼓を打っていただけなのに、気づけばベッドの中で人妻の肌の温もりにメロメロ!!
われわれがある人を思い浮かべるときには、その人の名前とともに、その人の顔、その人の後ろ姿や歩きっぷり、言葉遣いなどをも想起する。これらのほとんどを取り外してもその人に思いを馳せることはできるが、ただ顔を外しては、その人について思いをめぐらすことはできない。他人との共同的な時間現象として出現する曖昧微妙な〈顔〉を、現象学の視線によってとらえる。鷲田現象学の豊潤な収穫。
1 〈顔〉
2 顔の規則
3 ほんとうの顔?
4 顔の所有
5 顔の外科手術
6 震える鏡
7 転写される皮膚
8 魂のパスゲーム
9 負の仮面
10 不在と撤退
11 不可能な顔
12 見られることの権利
天才ラテンダンサー・鈴木信也が荒ぶる闘志を解き放ち、本気で競技会に挑んだ。世界1、2位の選手相手にどこまで通じるのか!? 大歓声が沸き起こる会場の片隅に、人知れず熱い視線を送る杉木信也の姿があったーー。鈴木と杉木との“恋”の進展も見逃せない熱望の第5巻。
古い寺社は多いが歴史意識は薄く、技巧・虚構に親しむ。けったいなもんオモロイもんを好み、町々に三奇人がいる。「あっち」の世界への孔がいっぱいの「きょうと」のからくりーー。〈聖〉〈性〉〈学〉〈遊〉が入れ子になり都市の記憶を溜めこんだ路線、京都市バス206番に乗った哲学者の温かな視線は生まれ育った街の陰と襞を追い、「平熱の京都」を描き出す。(講談社学術文庫)
古い寺社は多いが歴史意識は薄く、技巧・虚構に親しむ。けったいなもんオモロイもんを好み、町々には三奇人がいる。「あっち」の世界への孔がいっぱいの「きょうと」のからくりーー。〈聖〉〈性〉〈学〉〈遊〉が入れ子となって都市の記憶を溜めこんだ路線、京都市バス206番に乗った哲学者の温かな視線は、生まれ育った街の陰と襞を追い、「平熱の京都」を描き出す。
東へ
京都駅に降り立つ/ラーメン文化 ほか
北へ
清水の坂/京都は「古都」か? ほか
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下鴨ーーここにも奇人伝説が/京都人のきわもの好き、新しもん好き ほか
南へ
京の縦軸/生活世界の神仏たち ほか
終着駅へ
旅の終わり/京都だけの問題ではない ほか