“爆速”ヤフー創業以来の理念に学ぶ。従来の広告宣伝手法が通用しなくなるデジタルコンバージェンスの到来。キーパーソンが語る「放送と通信の融合」を生き抜くための指針。
ミュラー、オットー、レーウ、エリアーデ、メンシングー比較宗教学の半世紀。
その、生き難さに抗うために。女が、リブの、中国の、アジアの、ロシアの、戦時下の、植民地の、無数の女たちに、時空を超え、国境を超えて、互いに出会いなおすための、フェミニズム批評。女性解放の息吹を受けつぎ、現在へつないでいく、珠玉の評論集。
社交不安における自己注目と他者注目の統一的理解にむけた方法論を構築し、その過程を通して、社交不安における自己注目と他者注目の異同や関連性を明らかにする。
「あなたは何フェチ?」写真家10人の官能と陶酔
唇、制服、透け感、マゾヒズム、豊満、パンツ、おしり、触手……女性へのフェティシズムを、写真家の視点から制作したオムニバス写真集。
「〇〇が好き」「説明はできないけれど、なぜか惹かれる」という感覚は、誰しもが持っているもの。住む場所や地域によって生活が異なるように、フェチにも広く深淵な世界が広がっているのだ。
本書では、現代の写真家10人の視点からその一端を見てみようという試みだ。あなたはそこに何を思うだろう。共感か反撥か、ひょっとするとこれまでとは違う世界が見えてくるかもしれない。
▼参加作家
花盛友里
須崎祐次
相澤義和
門嶋淳矢
山本華漸
フクサコアヤコ
渡辺達生
笠井爾示
青山裕企
伴田良輔
自閉症の人たちは、世界をどのように経験しているのか?フィールドワークをもとに、現象学によってその経験の構造を明らかにする。
呼びかけられても人の存在に気がつかない、くすぐられるとパニックを起こすが転んでけがをしても痛がらない、といった自閉症児の行動はどうして起こるのか。一見不可解な自閉症児の行動に一貫した論理を見出し、自閉症の現象学を立ち上げる。既存の哲学の前提を組み替える、画期的な試み!
はじめにーー自閉症から描く哲学
第一章 模様の世界から視線触発へ
1 目が合う驚きと視線触発
2 人のいない世界/模様の世界
3 視線の誕生と世界変容
第二章 視線はなぜ怖いのかーー感情の図式化と間身体性
1 視線恐怖
2 感情の理解
3 自他の区別
4 間主観的独我論
補 論 他者の現象学の再構想
1 従来の現象学における他者論
2 視線触発の内的構造
3 視線触発の次の段階
第三章 流れない時間ーー不測の事態と現実、視線の強度
1 フッサールの感性的時間論と自閉症
2 未来
3 過去についてーー自閉症におけるフラッシュバック
4 視線の時間
第四章 平らな空間ーー奥行きの起源について
1 身体という奥行き
2 奥行きという論理構造ーーカントの「原則論」から考える
3 路線図的空間ーー自閉症児固有の空間構成
4 安心感ーー視線触発に由来する空間性としての
第五章 「ミニカー並べ」と思考の構造ーー形の次元と知覚的空想
1 無秩序な遊び
2 並べ遊び・常同的な感覚遊び
3 曼陀羅とものまねへの没頭
4 ごっこ遊びとままごと
第六章 言語を使わずに思考するーー知覚的空想とリズム
1 エコラリア
2 語の分節と身体の関係
3 イメージ思考ーー思考の生じる場について
4 リズム論
5 意味と対象性の起源としての知覚的空想
第七章 クレーン現象は誰の行為か?--内面とカテゴリー的人格
1 定型発達における人格
2 クレーン現象ーー行為主体の不在
3 知らない人を「ママ」と呼ぶーー人称代名詞について
4 サリー=アン課題と内面性
5 他者という謎と人称代名詞
第八章 自閉症児の脆弱性と経験の限界値
1 常同行動と現実
2 折れ線型と小児崩壊性障害における退行
3 アスペルガー障害および高機能自閉症における現実
おわりにーー自閉症児の療育のために
注
あとがき
参考文献
索引
くしゃみするだけでかわいいのはキミだけ
授業中に視線送り合っちゃうのはキミだけ
ふと今頃お風呂かなとか思っちゃうのはキミだけ
一緒に走るだけで笑っちゃうのはキミだけ
どこまでも一緒だって思うのはキミだけ
異世界帰りの“元”救世主・タケル。現実世界で実力を隠し、日常生活を送ろうとするも、強すぎる力は敵の目を引き付けてしまう。さらに、学園内でもタケルに熱い視線を送る者が──!?
週刊『JIDAI』の女性編集者、松方弘子29歳元巨乳。寝食も忘れ、凄まじい勢いで仕事に没頭する彼女のニックネームは人呼んで『働きマン』。仕事人間の松方だけでなく、松方の周りで働く様々なタイプの人達の視線を通して、「働くとは何か」を問う! 2006年10月には、フジテレビでアニメ化。2007年10月には、日本テレビで菅野美穂主演でドラマ化。
「植物状態患者」は自分自身や周囲の環境を認識できず、他者と関係することが不可能だと定義されている。しかし実際に彼らと接する看護師や医師の多くは、この定義では理解できない「患者の力」を目の当たりにする。自然科学は彼らを「意識障害」としか診断できない。そこで著者は現象学という哲学を使って、その〈何か〉を探究し始める。
植物状態患者のみならず、高齢者や認知症などのケア、日々のコミュニケーションにも通じる、「目で触れ、耳で見る」ような身体のあり方を描く一冊。
“長田弘という詩人にこんな言葉がある。「みえてはいるが誰れもみえていないものをみえるようにするのが、詩だ」。わたしはこれこそ現象学の定義だと考えてきたものだが、この定義は西村さんの現象学のなかでなによりも生かされているとおもう。……わたしが西村さんのお仕事に読み取ったもっともたいせつだとおもわれること、それはひとつの身体的な存在が別の身体的な存在のかたわらにあるときに、そこに生まれる身体のコモンセンス、いいかえると感覚相互の浸透しあいでありまた社会的な感覚でもあるようなコモンセンス、それを科学は引き裂いてきたのではないかという問いである。本書でしめされているのは、哲学と臨床とがひとりの人のなかで深く交差した、稀有な仕事だとおもう。”--鷲田清一(本書「解説」より)
*
「植物状態」は「意識障害」ではないーー。人と人との関わりのうちにある〈何か〉を掬い出す、臨床の哲学。
[目次]
第一章 〈植物状態患者の世界〉への接近
1 植物状態患者との出会い
2 方法論的模索
第二章 看護経験の語り
1 Tセンターでの経験
2 受け持ち患者との関わりをふり返る
3 経験のふり返りと気づき
第三章 〈身体〉を介して交流する看護ケア
1 視線が絡む
2 手の感触が残る
3 タイミングが合う
4 交流が成立する基盤
第四章 臨床のいとなみへのまなざし
1 探究プロセスの振り返り
2 看護研究における現象学的方法論の課題
解説 臨床のまなざし、現象学の思考ーー鷲田清一
目指すはエースの座と全国の頂点! 2年生となり、ついに甲子園デビューを果たした沢村栄純と、青道高校野球部の新たな挑戦が始まる!
「手に入れたいのは あの日以上のピッチング‥」‥‥東西の強豪戦う春季大会準決勝。青道は新1年生・結城将司を7番・レフトでスタメンで抜擢!! そしてマウンドでは、沢村と降谷が甲子園での経験を糧に、それぞれの変化を見せていた。
兆し
期待か願望か
視線の先
他所のエース
キャッチボール
ワガママ
心の中
トライアングル
ナンバーズ
先攻
諸事情あって兄弟5人で倉敷に越してきた高校生の零次。ある日、ふと奇妙な視線を感じる。一方、零次宅の向かいにある『枳殻童話専門店』の主人・九十九は、雪のように冷たい美貌の少年と知り合い…?
●探せばどこかにじぶんはある? ●女の子は「女装」によって女になる ●過敏になったじぶんの先端 ●小さな不幸がひきたて幸福 ●アイデンティティの衣替え ●わたしはだれにとっての他者か ●他者のなかに位置を占めていない不安 ●泳ぐ視線、のぞく視線、折れ曲がる視線 ●他人の視線を飾る行為 ●じぶんがぼやけることの心地よさ
わたしってだれ? じぶんってなに? じぶん固有のものをじぶんの内に求めることを疑い、他者との関係のなかにじぶんの姿を探る。
探せばどこかにじぶんはある?--「じぶんらしく」なりたい、じぶんとはいったいどういう存在なのかを確認したいと思って、じぶんのなかを探す。顔がいい? 走りが速い? 計算が速くて正確? 明るい? ……どれをとってもわたしだけに固有のものってありはしない。このような性質や能力はだれもが多かれ少かれもっているものだ。性別や年齢や国籍などというのは、それこそみんながもっている。だから、その1つ1つはだれもがもっているものであるにしても、それらの組み合わせにひとりひとり独自のものがあるのだ、というのは、そのときだれもが思いつく論理である。が、これがじぶんというものの、かけがえのない不二の存在を証しているなどというには、あまりにも貧弱な論理であるのは、だれもが直観的に気づいている。--本書より
JEUNESSE-ジュネスーとは、年若いこと。若さとは、いまだ問いを呑み込まず、宇宙の風にさらされること。いわゆる「教養」や「知的好奇心」は、大人のスマートな会話に似合いそうな言葉です。立ち止まってみましょう。自分はどんな問いの渦の上に立っているのか。かすかな謎のささやきに耳を傾ける感性を、また、どんな権威や常識にも頼らぬ思考を、私たちはJEUNESSEと呼びます。古い問題をもう1度新たに問い直し、あたりまえに見える目の前の世界に想像力の自由な視線をめぐらすとき、見たこともない像が立ち上がるのです。現代新書JEUNESSEは、そんな知的感性を大切にしたいと考えます。
●探せばどこかにじぶんはある?
●女の子は「女装」によって女になる
●過敏になったじぶんの先端
●小さな不幸がひきたて幸福
●アイデンティティの衣替え
●わたしはだれにとっての他者か
●他者のなかに位置を占めていない不安
●泳ぐ視線、のぞく視線、折れ曲がる視線
●他人の視線を飾る行為
●じぶんがぼやけることの心地よさ
「ファーストキスもまだなのに…」バンドマンに次々と体を開くライブキッズ女子。インモラルが夫婦円満な鍵! マッチョな旦那の眼前でほかの男とイキまくり…。視線で濡れて、情交の頂点に! 淫奔の限りを尽くしたい女たちの告白──!!
中学3年生になったカンナは、ハルタと同じクラスになった。ハルタの両親の離婚などでなんとなく疎遠になっていたが、屈託のない笑顔で接してくるハルタを見て一気に昔の感覚が蘇る。そしてある日、カンナは気づく。女子達の視線はハルタに集中している…?
われわれがある人を思い浮かべるときには、その人の名前とともに、その人の顔、その人の後ろ姿や歩きっぷり、言葉遣いなどをも想起する。これらのほとんどを取り外してもその人に思いを馳せることはできるが、ただ顔を外しては、その人について思いをめぐらすことはできない。他人との共同的な時間現象として出現する曖昧微妙な〈顔〉を、現象学の視線によってとらえる。鷲田現象学の豊潤な収穫。
1 〈顔〉
2 顔の規則
3 ほんとうの顔?
4 顔の所有
5 顔の外科手術
6 震える鏡
7 転写される皮膚
8 魂のパスゲーム
9 負の仮面
10 不在と撤退
11 不可能な顔
12 見られることの権利