夜な夜な多様な人々が集まるバーが新宿二丁目に。やってくるのはLGBTQの人、アーティスト、作家……。バーのオーナーは木更津出身で元芸能人。普通の人の三倍くらいに濃い経験をした、その数奇な運命が、いま語られる。帯文は、氣志團の綾小路翔さん!
第1部 ひとりの宇宙ー【二倍ダーシ】新宿二丁目のバー「星男」とクィアな私の物語/第2部 新宿二丁目で働く先輩に話を聴く/I 二丁目のママにはそれぞれの役割があり、それぞれのお客様がいる agitの菅原有紀子(YUKKO)さん/II ノンバイナリーかもしれない自分 Tacʼs Knotの大塚隆史(Taq)さん/「星男」という現在進行形のストーリー -- あとがきに代えて
「クィアの時代(In Queer Time)」に香港から届いたアジアンLGBTQI+作家による「クィア小説」17編を「いきする本だな」シリーズ初のフィクション集成として刊行!
フィリピン、マレーシア、バングラデシュ、台湾、パキスタン、インドネシアなどにルーツをもつ作家たちの競演に酔いしれる一冊です。
はじめに イン・イーシェン
ラベルの名前 アルハム・ベイジ(パキスタン)
あのこ ラカン・ウマリ(フィリピン)
バナナに関する劇的な話 ディノ・マホーニー(香港)
ハートオブサマー ダントン・レモト(フィリピン)
よぅアダム アンドリス・ウィサタ(インドネシア)
呪詛 オヴィディア・ユー(シンガポール)
シャドーガール ジェマ・ダス(マレーシア)
生理現象 アッシュ・リム(シンガポール)
重ね着 アーサー・ルイス・トンプソン(香港)
砂時計 アビエル・Y・ホック(バングラデシュ)
リサルストリートの青年たちへ イアン・ロサレス・カソコ(フィリピン)
お茶休憩 スー・ユーチェン(台湾)
上陸さん ジョアナ・リン・B・クルーズ(フィリピン)
蚵仔煎(オアチェン) リディア・クワ(シンガポール/カナダ)
サンクチュアリ ネロ・オリッタ・フルーガー(フィリピン)
スノードームの製図技師 デスモンド・コン・ゼチェン–ミンジ(シンガポール)
命には命 アーリー・ソル・A・ガドン(フィリピン)
編者による解題 リベイ・リンサンガン・カントー
クィアの時代にー「訳者あとがき」にかえて 村上さつき
編者・訳者プロフィール
著者プロフィールと訳者による翻訳ノート
変態ではない。クィアと呼ぶ。フツウの愛ではない。強制的異性愛と呼ぶ。この性愛の解き放たれた空間ほど又、政治的なトポスもない…。クィアを考え、クィアに読み、クィアへ開く、クィア批判論集。
英文学の古典とセジウィック、バトラー、ベルサーニらの理論を介し、読む快楽と性的快楽を混淆させ、クィア批評のはらむ緊張を見据える。解説 田崎英明===性差や異性愛といった規範が作用する場から見えない欲望を引き出し、新たな解釈を生産すること。本書は、そうしたクィア批評の声に耳を傾けながら、「自分ではない」ものへの同一化による読むことの快楽と、性的な快楽を混線させる試みである。セジウィックの理論や英文学の古典から、ホモソーシャルな欲望、共同体の規範に従う快楽、プライヴァシーという概念装置等を縦横に論じるとともに、クィア批評と精神分析の思想的往還を、ジジェク、バトラー、コプチェク、ベルサーニらを読むことで辿った。クィアなるものが含む解放性と固有性のパラドックス、批評的・思想的探究と政治的意味の緊張をも見据えた名著。 解説 田崎英明===クィアな読解とは何かディケンズ、セジウィックからベルサーニまで===【目次】1 見えない欲望を読む第一章 セジウィックとホモソーシャル/ホモセクシュアル連続体第二章 男と男のあいだー『デイヴィッド・コパフィールド』のセクシュアリティ第三章 ジェイン・オースティンを読む兵士たち2 プライヴァシーの亀裂と侵犯第四章 わたしは作文を引き裂いたー『ヴィレット』と語る女性の私的領域第五章 登場人物には秘密がないーE・M・フォースターのクローゼット3 精神分析とクィア批評の往還第六章 欲望はそこにあるージジェク、コプチェク、固い現実界第七章 主体化されない残余≠去勢ージュディス・バトラーと誤読のポリティクス第八章 孤独なマゾヒズムーレオ・ベルサーニへの斜線あとがき解説 秘密の在り処(田崎英明)
1 見えない欲望を読む第一章 セジウィックとホモソーシャル/ホモセクシュアル連続体第二章 男と男のあいだー『デイヴィッド・コパフィールド』のセクシュアリティ第三章 ジェイン・オースティンを読む兵士たち2 プライヴァシーの亀裂と侵犯第四章 わたしは作文を引き裂いたー『ヴィレット』と語る女性の私的領域第五章 登場人物には秘密がないーE・M・フォースターのクローゼット3 精神分析とクィア批評の往還第六章 欲望はそこにあるージジェク、コプチェク、固い現実界第七章 主体化されない残余≠去勢ージュディス・バトラーと誤読のポリティクス第八章 孤独なマゾヒズムーレオ・ベルサーニへの斜線あとがき解説 秘密の在り処(田崎英明)
20世紀にイギリスが威信をかけて編み上げた、世界最高峰の辞典「オックスフォード英語大辞典」。しかし実際に語彙を集めたのはひと握りのエリートではなく、無名の市民たちだった。辞書編纂者の著者が未公開の記録を掘り起こし、その知られざる歴史を明かす。
“みんな”でいたくない“みんな”のために
「LGBT」に分類して整理したら、終わりじゃない。
「わからない」と「わかる」、「マイノリティ」と「マジョリティ」を
行き来しながら対話する、繊細で痛快なクィアの本。
ときに反抗的で、しなやかな態度は明日への希望にーー。
性、恋愛、結婚、家族、子孫、幸福、身体、未来ーー
バラバラのままつながった壮大な「その他」たちが、
すべての「普通」と「規範」を問い直す。
「『普通』や『みんな』という言葉に己を託したり託さなかったり、託せたり託せなかったりする読者のみなさんを、風通しのよい、というよりは強風吹きすさぶ場所へと連れて行ってしまおうというのが私たちの企みです。どうぞ、遠くまで吹き飛ばされてください」(森山至貴「はじめに」より)
「ワクワクだけでも足りません。ヒヤヒヤするかもしれませんし、何か責められたような気分でイライラしたり、何様だコイツ、という思いでムカムカするかもしれません。逆に、全然言い足りてないぞ、と思うこともあるかもしれません。そのくらいのほうが普通じゃないかと思います。そのくらいでないと、私たちも語った甲斐がありません」(能町みね子「おわりに」より)
昨今注目を集めるいわゆる性的マイノリティやLGBTの問題について、特に「クィア理論」に関わる諸テーマを論じる研究論文集。
LGBTの枠をも相対化する「クィア」な視点から巨匠たちの作品を集約。本邦初訳G.ムア「アルバート・ノッブスの人生」を含む不思議で奇妙で切ない珠玉の8編。
<目次>
わしとわが煙突 ハーマン・メルヴィル
モッキングバード アンブローズ・ビアス
赤毛連盟 アーサー・コナン・ドイル
三人のガリデブの冒険 アーサー・コナン・ドイル
ティルニー 伝オスカー・ワイルド
ポールの場合ーー気質の研究 ウィラ・キャザー
彫刻家の葬式 ウィラ・キャザー
アルバート・ノッブスの人生 ジョージ・ムア
解説 大橋洋一
わしとわが煙突 ハーマン・メルヴィル
モッキングバード アンブローズ・ビアス
赤毛連盟 アーサー・コナン・ドイル
三人のガリデブの冒険 アーサー・コナン・ドイル
ティルニー 伝オスカー・ワイルド
ポールの場合ーー気質の研究 ウィラ・キャザー
彫刻家の葬式 ウィラ・キャザー
アルバート・ノッブスの人生 ジョージ・ムア
解説 大橋洋一
■制作意図
近年、「アート史におけるクィア」を考えるという傾向が世界的に広がり、「クィア・アート」と呼ばれるジャンルの研究が進んでいます。
本書『クィア・アートの世界』は、第一に、抑圧や偏見、差別によってアートとして語られず、それ故にこれまで私たちが目にすることができなかったアートを見直したい。第二に、アートにおける「クィア」を考える上で、社会的に抑圧され差別を受けていたものが、アートにおいては歓迎され、多く取り上げられている、それがなぜなのかという問題を扱いたい。そして第三に、「クィア」という言葉がとても多様で共通の認識がないため、それを考える一つの試みを行いたいとの思いから、制作に至りました。
■書籍の内容
本書では、「クィア」がいかに社会的、歴史的に変遷していったかを述べた上で、「アートにおけるクィア」をセクシュアルマイノリティに限らず、その域を超え、抑圧や差別等によりアートとして語られてこなかった広いジャンルの作品を包括して取り上げました。
LGBTQ+のアート、フェミニズムのアート、カウンターカルチャーやポップ・カルチャーにおける多彩な表現のアート、アンダーグラウンド・アート、ポルノグラフィティのアート……。独自の視点で、古代エジプトから現代までーー美術(絵画、挿絵、彫刻)を中心に、多岐にわたるジャンルの作品とともに、アート史における「クィア」の流れを追っていき、「クィア・アート」の系譜を探究しております。
美術史上の名作とされる作品の中に「クィア」性を見出したり、抑圧や偏見、差別によってこれまで見ることができなかった多様な作品を、驚きと感動、そして問題提起を含んだ解釈で紹介します。
近代アメリカ文学を代表する3人の作家ーセジウィックらによりすでにホモセクシュアルな欲望を論じられたヘンリー・ジェイムズ、レズビアン作家として知られるウィラ・キャザー、男性的異性愛のイコンとされてきたヘミングウェイをとりあげ、テクストが確かに喚起する性的な欲望と向かいあいながらも、フーコー、バトラーらをふまえ、その欲望が生成される過程や構造を分析する。ゲイかレズビアンか、異性愛か同性愛かという二分化されたセクシュアル・アイデンティティのあり方に異議を申し立てる。
日本の同性カップルが「難民認定」された国で、
わたしが手にしたたくさんの問い、そして言葉。
日本と違って20年前から同性婚ができて、「LGBTQ先進国」と言われるカナダ。先住民や有色人種への差別が残り、パレスチナ解放をめぐって揺れ動いてもいるカナダ。二度の滞在をもとに、そしてバックラッシュが強まる日本の政治的状況を踏まえながら、その今を記録した著者初のエッセイ集。
“わたしたちはここにいる、わたしたちはクィアだーーでも、どうしたら伝わるだろう? 目の前に存在しているにもかかわらずしばしば「見えない」存在にされてしまう/「見えない」存在であることを強いられてしまう時、確かに「ここにいる」と、どうしたら伝わるのだろう。わずかな時間ではあるもののカナダに滞在している間、そして日本に帰ってきてからずっと、わたしは「見える/見えない」存在について考えているような気がする。”(本文より)
この旅行記は、ひとりのクィアの経験を綴ったにすぎない。それでも、そのひとりの経験になんとか「言葉」を与え、分かち合うことを通じて、見えてくるものがあるはずだ。
プロローグ
第1部 トロント・プライド
1 正義を今、求めてるーー2023年のトランス・マーチ
2 自分の権利のためにマーチする必要があるか?--2023年のダイク・マーチ
第2部 カナダ再訪
1 再びカナダについて
2 トロント・スケッチ
3 ウィニペグ旅行⑴ーー赤いドレスとブリュワリー
4 ウィニペグ旅行⑵ーー人権ミュージアム
5 クィアのカップルセラピー
6 クィアのホームパーティー
7 クィアと空間の政治⑴ーーパレスチナ連帯キャンプ
8 クィアと空間の政治⑵ーー「ラファに手を出すな」集会
9 ここにも、そこにも、どこにでも
エピローグ
レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー等々、ジェンダーやセクシュアリティの点で非規範的であることを意味する「クィア」。キリスト教会の圧倒的大勢は、従来それらを悪とみなして断罪するか、治療すべき病として異常視するかのいずれかだった。だが今や、教会と神学の中から別の、多様な声が聞こえるようになってきた。本書は、クィアとキリスト教に関する基本的な概念を平易に解説すると同時に、これら複数の神学的な冒険の歴史と最前線の議論を紹介する。キリスト教は「クィア」をどう理解しようとしているのか。多くの人の疑問に答え、更なる学びへ促す画期的入門書。
クィアとは何か?/神学とは何か?/なぜクィア神学は重要なのか?/クィアな宗教リテラシー
第1章 様々なクィア神学の発展
解放の神学/フェミニスト神学/レズビアンとゲイの生/ゲイとレズビアンの神学/クィア理論の台頭/フェミニスト、ウーマニスト、そして「クィア」な理論家たち/クィア理論の応用
第2章 「伝統的神学」のクィアリング
下品な神学/神/キリストのクィアリング/クィアな伝統/弁証の戦略を超えて/クィアな礼拝/クィアなサクラメント/洗礼/ユーカリスト(聖餐)/結婚/サクラメントとしてのカミングアウト
第3章 グローバルな社会的文脈におけるクィア神学
ポストコロニアル批評とクィア批評/アジア系アメリカ人のクィア神学/アジアのクィア神学/アフリカのクィア神学/ラテンアメリカのクィア神学/黒人とウーマニストのクィア神学/北大西洋のクィア神学(カナダ、英国、米国)/オーストラリアのクィア神学
第4章 クィアな聖書
権威のクィアリング/レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル神学と聖書/インターセックス及びトランスジェンダーによる聖書の読み/聖書研究におけるクィア・アプローチ/グローバルな社会的文脈におけるクィアな読み/アジア系アメリカ人のクィアな聖書の読み/アジアのクィアな聖書の読み/アフリカのクィアな聖書の読み/ラテンアメリカのクィアな聖書の読み/黒人/ウーマニストのクィアな聖書の読み
第5章 クィアな生からのクィア神学
諸教会の立場/クィア神学としてのライフストーリー/クィアな生と宗教社会/トランスジェンダーの生の神学/インターセックスの生の神学/アセクシュアリティ/禁欲主義/ストレートにとってのクィア神学/型破りな性行為を実践するクリスチャン/クィアな「修道女」たち(SPI)
あとがきーー本書を超えて
用語集
トラウマ的な出来事を経験した人びとにとって、文学や文化は生きのびるための表現となりうるのかーー
多和田葉子、李琴峰、古谷田奈月、森井良、林京子、大江健三郎、岩城けい、小野正嗣といった現代作家の作品を丁寧に読み解き、物語を受けとるという営みとは何か、小説と読者が出会うとはどういうことか、それにクィア・フェミニズム批評はどうかかわるのか、自身の経験とときに重ね合わせながら文学や文化の力を見出していく。気鋭の研究者による、トラウマという語ることがむずかしい経験を語るために物語があるのだということを、そして何より新たな対話の可能性を信じるすべての人におくる、画期的な文学論。
LGBTに関する議論から取りこぼされてきたものがある。
それが「アセクシュアル」「アロマンティック」などのセクシュアリティだ。
アセクシュアルとは「他者に性的に惹かれない」という指向で、アロマンティックとは「他者に恋愛的に惹かれない」指向をいう。
私たちは「誰しも他者を恋愛的な意味で『好き』になったり、性的な関係を持ちたいと思ったりするはずだ」という前提で日々を過ごしがちだが、そういった思い込みは彼らの存在を否定することになる。
本書ではアセクシュアルやアロマンティックの人々の経験や置かれている状況、歴史、そして関連する用語や概念を詳細に解説する。
松浦優(まつうら・ゆう)
一九九六年福岡県生まれ。
九州大学大学院人間環境学府博士後期課程修了。
博士(人間環境学)。
九州大学大学院人間環境学研究院学術協力研究員。
専門はクィア・スタディーズおよび社会学。
共著に『フェミニスト現象学:経験が響きあう場所へ』『アニメと場所の社会学:文化産業における共通文化の可能性』『恋愛社会学:多様化する親密な関係に接近する』『入門・家族社会学:現代的課題との関わりで』。
【目次】
はじめにーー「好きになる」とは
第1章 アセクシュアル/アロマンティックとは何か
第2章 Aro/Ace の歴史
第3章 Aro/Ace の実態調査
第4章 差別や悩み
第5章 強制的性愛とは何か
第6章 セクシュアリティの装置
第7章 結婚や親密性とセクシュアリティの結びつき
第8章 Aro/Ace の周縁化を捉えるために
第9章 Aro/Ace のレンズを通して見えてくるもの
おわりに
日本でも大人気放送中のNetflixの人気ナンバー1番組「クィアアイ」の番組公式ガイドブック。
この番組は、ファブ5(アントニー、タン、ジョナサン、ボビー、カラモ)をメインMCに添え、性的マイノリティの人達を始め、自己不安な人々を励まし人生を豊かにする番組。本誌は、番組に出演する5人の魅力(生き様、考え方、見た目)を、写真付きで紹介するフォトエッセイ風!
※ファブ5とは、ヘアスタイリスト、俳優、デザイナー、司会者など、それぞれの分野で成功した男性五人組の番組ユニット。
進歩という名の暴力に対する、「知性」の闘い──
クィア批評やメディア論における最重要人物、ついに入門書が誕生!
【おもな内容】
”反解釈・反写真・反隠喩”で戦争やジェンダーといった多岐にわたる事象を喝破した、批評家スーザン・ソンタグ。
あらゆる脆さにあらがう、その「カッコよさ」は、しかし生誕から90年を迎え、忘れかけられている。
本書は「《キャンプ》についてのノート」で60年代アメリカの若きカリスマとなったデビューから、「9・11事件」への発言で強烈なバッシングの対象になった晩年までの生涯とともに、ソンタグという知性がなぜ読者を挑発し続けるのかを鮮やかに描き出す。
自身のマイノリティ性や病にあらがい到達した思想の本質とは。
【目次】
はじめに
第1章 誰がソンタグを叩くのか
第2章 「キャンプ」と利己的な批評家
第3章 ソンタグの生涯はどのように語られるべきか
第4章 暴かれるソンタグの過去
第5章 『写真論』とヴァルネラビリティ
第6章 意志の強さとファシストの美学
第7章 反隠喩は言葉狩りだったのか
第8章 ソンタグの肖像と履歴
第9章 「ソンタグの苦痛」へのまなざし
第10章 故人のセクシュアリティとは何か
第11章 ソンタグの誕生
終章 脆さへの思想
おわりに
【著者略歴】
波戸岡景太(はとおか・けいた)
1977年、神奈川県生まれ。
専門はアメリカ文学・文化。博士(文学)〈慶應義塾大学〉。
現在、明治大学教授。
著書にThomas Pynchon’s Animal Tales: Fables for Ecocriticism(Lexington Books)、『映画ノベライゼーションの世界』(小鳥遊書房)、『ラノベのなかの現代日本』(講談社現代新書)など。
訳書にスーザン・ソンタグ『ラディカルな意志のスタイルズ[完全版]』(管啓次郎との共訳、河出書房新社)など。
本書は、1920年代から現在に至るまで百年にわたる国際政治経済史を背景に据えながら、この40年、散々語り尽くされてきたように思われるネオリベラリズムの起源と発展に関して、理論的にも歴史的にも新たな光を当てる試みである。
ネオリベラリズムというとき、その焦点はアメリカのシカゴ学派に置かれるが、本書は、ジュネーヴ学派という、これまで顧みられなかった思想家群像に注目している。
とりわけ重要なのは、ネオリベラル理論の核心が制度設計に置かれていたということである。それは、ハプスブルク帝国の灰塵を揺籃とした、その出自に刻印されていた。すなわち、帝国後の世界にふたたび秩序をもたらすことが目的の思想運動だったのである。その際、脱植民地化と民主化の波といかに対峙するかがこの運動には重要だった。
本書が提示するのは、1920年代ウィーンのミーゼス・サークルに始まり、1980年代にWTOの創設で絶頂を迎える、三世代にまたがる思想家たちの物語である。国民国家(インぺリウム)と世界経済(ドミニウム)を融合させる連邦を夢見た者たちの勝利ではなく、敗北の軌跡。
序章 世界の諸秩序について考える
第1章 壁の世界
第2章 数字の世界
第3章 諸連邦の世界
第4章 諸権利の世界
第5章 諸人種の世界
第6章 諸憲法の世界
第7章 シグナルの世界
終章 単一の国民の存在しない人びとの世界
謝辞/訳者あとがき
索引/注記
「フツーの生活」とは何か。「フツーの人」とは誰か。「フツー」というふわふわした普遍的な事象について、立ち止まって考える。自己の存在を肯定しながら、周りの人々と共に在ることを願い、そのような共生の生き様をコミックを通して言祝ぐ一冊。
はじめに
フツーのコロナ生活
電車の中で その1/電車の中で その2/ガマンの限界/路上のくしゃみ/オンライン生活の果てに/スーパー銭湯にて/不信の時代/もとに戻れない/副反応が怖い/マスクと私/〈コラム〉「フツー」がフツーでなくなった毎日
フツーのゲイ
今どきの若いゲイの話/結婚話の次は/同僚じゃないんですけど/コミュニティスペース/自己紹介
〈コラム〉コミュニティスペースの今/フリートーク
フツーの23才
実家に帰省中/親戚の集まり 新年会/親戚の集まり 法事/〈コラム〉「イエ」制度と23才のジレンマ/学会にて/永遠のトイレ問題/〈コラム〉トイレとジェンダー問題
フツーのレズビアン
運動/シンデレラ/酔っ払いとコンタクトレンズ/酔っ払いとアイスクリーム/コンビニの前での考現学/〈コラム〉フツーのレズビアン
フツーのシングルマザー
手づくりじゃないおやつ/ゲーム機との戦い/ケンカの仲裁/2万回のごめんね/永遠のように思える哀しさ/〈コラム〉フツーのシングルマザー みつよさん編/温泉にいきたい/なんとなくさみしい/なんとかなる/写真/〈コラム〉小さな国とコミュニティ
あとがき
フェミニスト聖書学を伸延しキリスト教の再構築を目指す。