西洋フェミニズムの「普遍的正義」の裏に、異なる文化への差別意識がひそんではいないかー。女性であり、かつ植民地主義の加害者の側に位置することを引き受け、「他者」を一方的に語ることの暴力性を凝視しながら、ことばと名前を奪われた人びとに応答する道をさぐる、大胆にして繊細な文化の政治学。
『女たちの21世紀』に連載の「男性との対話」をまとめたもの。相手の男性は、フェミニズムを理解しようとするか、少なくとも敵視、敬遠しない男性、権力や時流におもねらずにこの社会を変えようとしている男性、それぞれの分野で共感できる仕事や活動や発言をしている男性…多様な意見を持ちながらも、これらの条件をそなえている男性たちに共通しているのは、フェミニストである女性と対話ができる男性だということである。
本書は、メキシコのフェミニズムの歴史を女性たちの言説により再構築しようとしたメキシコ・フェミニズム運動の資料集である。
身体、そのリアリティから生起する今日の倫理を問う。
本書は、抽象的説明に終始しがちな道徳哲学の諸学説を、安楽死・同性愛・中絶・動物の権利・死刑制度など現代社会のさまざまな現実と引き合わせることによって、他に類をみないほど鮮やかに描き出している。これらの豊富で適切な実例によって、倫理学上の問題とは、書物の中に閉じ込められた空虚な理論ではなく、我々の眼前で生起している生々しい出来事に他ならないということが実感されるであろう。
「ポストモダン派」マルクス経済学者たちの知の越境と経済学の新地平。
フェミニズムは男を排除しない。男にある、いや女自身にもある「内なる女性蔑視」を鋭く剔扶(てつけつ)する。学校で、会社で、そして家庭で偏見と差別にとりかこまれた「女」についての男が語るディスクール。
動物や昆虫の図鑑、読みものに夢中になった子ども時代がある。そこには、性役割の思いこみや偏見から解き放たれた自由な小宇宙がある。豊富で実に興味深い動物の多様な性行動を通して、本書は、私たち人間社会が抱えこみ、再生産してきた性役割の固定概念をみごとに打ち破ってくれる。
半世紀にわたり全国の女性の声を集め続けた情報誌『あごら』とその運動の軌跡。
半世紀にわたり全国の女性の声を集め続けた情報誌『あごら』とその運動の軌跡。
半世紀にわたり全国の女性の声を集め続けた情報誌『あごら』とその運動の軌跡。
妊娠や出産、育児は決して「自然の営み」ではない。育児負担の歪みがもたらす少子社会、出産の医療化の果ての産科医不足、テクノロジーが揺るがす生命観・家族観、生殖や再生産労働の商品化がひろげるグローバルな格差。フェミニズムの試金石でもありつづける〈母性〉=近代の性と生殖をめぐる危機の現在を見渡す論集。
フランス革命の衝撃がひろがる英国で、保守陣営と果敢に論争する女性論客として一躍有名になったメアリ・ウルストンクラフト。彼女がわずか3カ月で書きあげた義憤と希望の書『女性の権利の擁護』(1792年)は、フェミニズムの古典の筆頭にあげられる。フェミニズムという言葉すらなかった時代、18世紀末イギリスでウルストンクラフトは、どのような「女性」の、どのような「権利」を、どのように「擁護」しようとしたのか。気鋭の思想史研究者が丹念に読み解く。
メディアは、メッセージとともに既存の力関係も流通・補強しつつ、「意味をめぐる闘争」の場となるー発信の場からの排除や表現における差別は、構造的な歪みを可視化させ、「女性向け」商品は、受け手の能動的な読み替えで、新たな市場や回路も拓くー。カルチュラル・スタディーズや構築主義以降、メディアのジェンダー分析の新たな到達点も紹介。
ソビエトで生まれ、パリで画家、デザイナーとして活躍したソニア・ドローネ。夫・ロベールを取り巻く画家、詩人たちとの華やかな交流。ソニアの膨大な日記をもとにした書き下ろし。
美術における政治性、特にフェミニズムの視点から捉えた鋭い論評で美術史界の流れを変えた気鋭の美術評論家リンダ・ノックリンの、19世紀絵画についての私激的論文集。
二つの大戦を描き、生きたドイツの画家。社会派といわれ続けたケーテを再評価する、揮身の書き下ろし。