台湾ブックデザインの最前線を紹介。台湾で最も影響力のあるグラフィックデザイナー聶永真(アーロン・ニエ)、タイポグラフィへの深い理解を背景にしたブックデザインの達人王志弘、さらに小子、霧室、何佳興の台湾を代表する5組のデザイナーを現地取材!
陶芸をはじめようとする人が陶芸関係の学校・施設を選択するための手引き書。学校・施設として、大学、短期大学、高等学校、指導所、研究所、研修所、専門校、陶芸教室・その他の情報と、さらに公募展情報も収録した。
本書は、「備前」の作り方を、第一線で活躍する備前作家を講師に招き、基本から本格テクニックまでを一冊にまとめた技法書。とっておきの焼成データも付けた。
インタラクション・デザインとは、プロダクト(工業製品)としてのコンピュータ誕生とともに生れた概念・領域。ヒューマン・コンピュータ・インターフェイス(HCI)やグラフィック・ユーザー・インターフェイス(GUI)などは、もっぱら使いやすさと機能性を追求する。一方、ダン・アンド・レイビイが標榜するクリティカル・デザインは、プロダクトの人間への適合や機能の最適化を目的としない。むしろ、先端技術(遺伝子工学や環境技術ほか)が日常生活に入り込んだ近未来の出来事を予測する。それを受け取る人間の感情を、不安や疑念をあからさまに描き出そうとする…。2012年春、神戸芸術工科大学はスプツニ子!氏を客員教授に迎え、大学院で「インタラクション・デザイン・プログラム」が始まります。楽しく、知的で、スリリングで、ポップなワークショップが展開されます。
戦後映像芸術アーカイブは、戦後日本における非商業的な映画作品と資料をデジタル化して、研究者および美術館・映画祭などへ提供するNPO法人です。当法人は、この度、映画監督・映像作家として知られる松本俊夫の著作集成シリーズ第二巻にあたる『松本俊夫著作集成2』を刊行することになりました。
1960年代末、「映像芸術の会」の運動が終わりに向かう一方で、草月アートセンターによってアンダーグラウンド映画を始めとした新しい芸術の動きが紹介され、映画の変革は最高潮に達しようとしていた。松本はこの動向を結集すべく雑誌『季刊フィルム』の創刊に参画したほか、『つぶれかかった右眼のために』(1968年)や、初の劇映画『薔薇の葬列』(1969年)、万博せんい館の『スペース・プロジェクション・アコ』(1970年)といった作品に、越境的に取り組んでゆく。本書は1966年から1971年までの期間に書かれた松本の著作をほぼ網羅したものであり、第二著作集『表現の世界』と第三著作集『映画の変革』、第四著作集『幻視の美学』にも再録されたテクスト52本の初出に、著作集未収録のテクスト71本を加えた計123本を収録している。本書は1960年代後半の前衛芸術の展開を、松本の言説を通して明らかにするものであるといえる。
「私の過去六冊の評論集と、単行本には掲載されていない多量の発掘文を混ぜ合わせて、それらを編年史的に目次化したのがこの著作集成(全四巻)である。著者としてはここから視座の広域化や多層化が浮上し、各種の関係レベルでの新発見が、多角的かつ活発に生まれてくることを期待してやまない。」────松本俊夫
1 一九六六ー一九六七
「映像表現とは何か1-3」「批評意識の貧困と現在ー大島渚の前衛映画論について」「映像表現のアンガージュマン」「実験の思想的意味を自覚せよー第一回草月実験映画祭・報告」など
2 一九六八ー一九六九
「大島渚よ、君はまちがっている」「混沌が意味するもの」「変貌する映画ー〈フィルム・アート・フェスティバル東京1968〉」「血は混合するほどよしーゴダールの『中国女』と『ウィーク・エンドをみて』」など
3 一九七〇-一九七一
「極左的空語の害毒」「狂気とエロス的体験の場ーせんい館」「『記録映画』覚え書ー戦後の映画雑誌」「『映像芸術』覚え書ー戦後の映画雑誌」「不可視の映画運動」「幻覚志向のかなたにあるもの」など
解題・参考収録・年譜
カミから害獣へ、駆除し排除すべき対象へと一転したオオカミたち。オオカミは何処へ行ったのか。オオカミたちに何が起きたのか。いや、オオカミをカミと祟めてきた私たち日本人と称する人間集団に何が起きたのか。日本列島に生息していたオオカミがなぜ絶滅するにいたったのかを探ってみたい。
鉄道は近現代を生きてきた人びとの希望の象徴であった。今回は、それら東北の鉄道のあゆみに目を向け、東北を縦断するその疾走のなかに、今、人びとの希望の光と歴史の力を見る。
いつの時代も、みなこの東北という地に夢を託し生きてきた。森を伐り拓き、大地を耕し、ある部分では自然をつくり変えて。そうした人々の足跡のなかから時代をひらく人々の活力や、生き方のダイナミズムを見出したい。そして若者たちとともに明日の東北の姿を展望し、築いていくためのヒントを探っていきたい。
災害列島。それは逆に考えれば自然という生き物が絶えず動いているという証拠でもある。だからこそ、約束された明日を求め、平穏で何の不安もない日々を求めて、幾世代にもわたる努力を重ねてきた。人々は災害とどのように向き合い、どのように学び、生き抜く知恵を生み出し鍛え上げてきたのか。