●30年余にわたりLGBTの内面の苦悩に向き合ってきた臨床家による詳細な報告。
ここ数年で世界的に理解が進んできたとは言え、LGBT(同性愛者、性同一性障碍者) の人々は、性的マイノリティとして長い間厳しい偏見と差別にさらされてきました。著者は精神科医や心理臨床家の間でも対応が混乱していた1980年代からこの性的マイノリティの心の問題に取り組んできた先駆者です。また性的マイノリティの人々が陥る性的問題行動を精神医学的問題として捉え、道徳的・法的な処罰という視点だけではなく、治療中心の対応へと認識を変えていく必要性を主張してきました。本書は、著者が性的マイノリティの人々と30年以上にわたって臨床の場で向き合ってきた苦闘の軌跡です。
1 性別違和状態
(ジェンダーの病と精神分析臨床の実践/性別違和状態の精神療法的展開ほか)
2 ゲイ・アイデンティティの形成
(同性愛の政治学/同性愛者アイデンティティの形成ほか)
3 ジェンダーの臨床的エスノグラフィー
(二丁目病/インドのヒジュラ/メタ・ジェンダー学)
4 セックス病の新時代
(セックス依存症の臨床的解明/セックス依存症に苦しむ人々/電車内痴漢行為ほか)
5 小児性愛の謎
(小児性愛の精神医学的解明と精神力動的理解/小児性愛者の精神療法的アプローチ)
6 S&M(サディズム・マゾヒズム)、受苦より歓喜へ?(S&Mの精神分析的精神療法)
本書は日韓の女性たちが初めて、ともにつくった近現代史書です。日本と韓国は海を挟んでむかいあい、長い交流の歴史があります。しかし、近代の日韓の関係は日本の植民地支配にはじまり、韓国の人びとを戦争にまきこみ、癒しがたい傷を残しました。この本がめざしたのは、ジェンダーの視点から過去をとらえなおし、歴史的体験を共有することです。そして、どのようにして戦争のない未来をつくっていくか、若い世代とともに考えたいのです。
本書では、「女性市民」の存在を明らかにするとともに、女性が「女性市民」として出現する背景とその発展を探り、なぜ「女性市民」は見えにくいのかを考えていきたい。本来、「市民」と呼ばれる人々には、「男性」・「女性」の二つに分類することを不可能にする多様で多層な人々が含まれているはずである。女性を定点観測することによって、その多様性の確認作業を展開していく。
ちょっと待った、その情報!貧困なメディアのつくられ方、貧困なジェンダーの語られ方を読む。
近年、ジェンダー・フリーという言葉をめぐり、はなはだしい曲解や誇張をもとに、男女平等に関わる教育実践や性教育へのバッシングが起こっている。さらに、ジェンダーという言葉そのものやジェンダー学/研究にまで攻撃の対象が広がってきた。しかし、言葉を換え、使わなければ問題は解決するのか。そうではないだろう。なぜなら、いま問われているのは、まさに「男女平等」の意味だからだ。本書では、9名の執筆者がそれぞれの専門分野からバッシングの社会的背景を分析し、その対象となっている「ジェンダー・フリー教育/男女平等の観点からの教育」「家庭科」「性教育」などの議論や実践を整理しつつ、現状の困難を打ち破る方法を探る。
暴力・国家・ジェンダーのいくつかにフックをかけ、ルソー、アダム・スミス、J.S.ミル、ケインズというイギリス政治経済学の泰斗、19世紀ロシアのチェルヌイシェフスキー、バークとモーゲンソー、アガンベンを読み解く。暴力のコントロールや平和構築、生のあり方に迫る思想史・現代思想研究を核にして、神奈川県相模原市における女性の公民館活動を追った現代日本政治史研究、現代フランス政治に執政制度論から接近し、ポピュリズムの制度的背景を探る比較政治研究を加えた論稿集。グローバル化が進み、暴力への恐れが市民社会とデモクラシーに打撃を与え、不寛容がおおう世界を考え、生き抜くために立ち返るべき思想と実践に迫る。
第1章 ルソー的視座から見た1792年8月10日の革命 -国王の拒否権と民衆の直接行動をめぐってー
第2章 チェルヌィシェフスキーと小説『何をなすべきか』 -「革命的民主主義者」の女性論ー
第3章 アダム・スミス,J.S.ミル,J.M.ケインズにおける人間の幸福論と国家論 -イギリスの政治経済学説と国家ー
第4章 エドマンド・バークを読むモーゲンソー
第5章 アガンベンにおける国家
第6章 選挙の同期化による「コアビタシオン」回避と第五共和制 -半大統領制とデモクラシーー
第7章 相模原市県立高校設置促進運動にみる一断面 -婦人学習グループと河津市政の連携ー
骨折りや苦心が適度に分担され、同僚や家族に認められ、順当に報われること、そして労働の場と生活の糧が保障されること。人間が生きていくうえで欠くことのできないこれらの課題を、社会科学の観点から追究し、学問と暮らしが接する面を広げ、ジェンダー・バイアスのない新たな承認と包摂のあり方をめざす、経済学、社会政策、労働法学、社会学、政治学の試み。
二元的なジェンダー制度をもつ主流文化に対抗するクィア芸術家ボーンスタインの精神と肉体の履歴。
女性は古来、その身体性、また、身分や階層などに由来する多元的な差別の対象とされ、社会進出を阻まれてきた。歴史的に構築された強固な「壁」は、今日もなおあらゆる分野に屹立し、男女共同参画社会の形成を阻害している。その「壁」の本質を法学、政治学、経済学、社会学、行政学などの視点から検証し、「壁」を超えてジェンダー平等を実現するための課題と処方箋を示す。
都市と地方との格差が国を超えて問題化する今日、都市とは人間にとってどのような場なのか。
本書は、近世から近代初期の江戸東京に視点をおき、同時代の東アジアの諸都市と比較しながら、その特徴を探るとともに、あらためて人間にとっての都市という存在の意義を問い直す。中国文明の大きな影響のもとにあって、歴史的に一国の政治経済の中心として建設された点で江戸東京と共通する朝鮮の漢陽との比較をはじめとして、東アジアのさまざまな都市を視野に問題を考える。
全体を、第1部「都市生活を較べる」第2部「女性の描く都市・都市のなかの女性」第3部「日中韓の女性たち」にわける。各国の都市文化から立ち現れてくるものは何か。ジェンダー・性・身分・階層・職分にも目を配りながら編む。
付録として、漢陽の文人柳得恭の記した歳時記『京都雜志』をもとにした『朝鮮の雑誌ー18〜19世紀ソウル両班の趣向』から4編を掲載。
関連年表、東アジアの女性文芸を知るためのブックガイドも完備。
近代以降、今日まで続く、政治を含めた日本社会の問題を捉えることも視野に入れた、最新の比較都市文化論。
執筆は、市川寛明・岩田和子・大木 康・金谷匡高・金 美眞・呉 翠華・高 永爛・小林ふみ子・鄭 敬珍・仙石知子・染谷智幸・高村雅彦・福 寛美・藤木直実・田中優子・土田牧子・山田恭子。
拡張的変革を続けるジェンダー・スタディーズ!フェミニズムと女性学をふくむ多領域の学を、50のキーコンセプトで読み解く。
産む/産まないを決める“エコノミー”とは何か?中・韓・日の調査によるジェンダー分析。新自由主義化する東アジアの経済とジェンダー意識の変化を実証経済学の視点から数量的に調査し、加速する少子化の新たなる背景を読み解く。
かっこよく見える事柄の裏を読んでみよう。ファッション、テレビドラマ、恋愛、結婚…この世は、ジェンダーという“お約束”で成り立っている。
本書では、トラウマとジェンダーが重なる問題として、対人的なトラウマ、それも親密な関係における長期反復的なトラウマであるドメスティック・バイオレンスや性暴力、児童虐待の事例を数多く取り上げ、議論しているが、これらは社会的にも対応に危急を要するテーマでもある。臨床にすぐ役立つ、ジェンダー・センシティブなアプローチの要点を提示し、さらに、臨床現場にトラウマとジェンダーの視点をとり入れることで、具体的にクライエントの何を見、どのような働きかけをし、どんなことに気を配るかを事例検討で明らかにしている。
現代社会で育まれた先鋭な視点を通して第二波フェミニズムの諸テーマを再検討し、フェミニズムの新たなステージを切り開く。現代の生・性・思想に貫通するカラクリを探き出す挑戦的16編。