フェミニズムが恐怖を引き起こすのも無理はない、
連帯したわたしたちは危険なのだから。
フェミニストとして生きるということは、その言動で他人の喜びを奪い、うんざりさせる存在になることかもしれない。それでも闘おう、ともに。あなたの存在と身体で。現代フェミニズムの最前線で注目される書き手が、自身の経験と魅力的な言葉の数々で呼びかける、連帯への挨拶。巻末にフェミニストとして生きるための10の道具解説と、マニフェストを収録。
◎目次
イントロダクション フェミニズム理論を家に持ち帰る
第一部 フェミニストになるということ
第一章 フェミニズムはセンセーショナル
第二章 方向づけられることについて
第三章 わがままさとフェミニストの主体性
第二部 ダイバーシティ・ワーク
第四章 変革を試みる
第五章 質問の的となること
第六章 レンガの壁
第三部 結果とともに生きる
第七章 壊れやすいつながり
第八章 フェミニスト・スナップ
第九章 レズビアン・フェミニズム
結論その一 キルジョイ・サバイバル・キット
結論その二 キルジョイ宣言
訳者あとがき
謝辞
参考文献
人名索引
イントロダクション フェミニズム理論を家に持ち帰る
第一部 フェミニストになるということ
第一章 フェミニズムはセンセーショナル
第二章 方向づけられることについて
第三章 わがままさとフェミニストの主体性
第二部 ダイバーシティ・ワーク
第四章 変革を試みる
第五章 質問の的となること
第六章 レンガの壁
第三部 結果とともに生きる
第七章 壊れやすいつながり
第八章 フェミニスト・スナップ
第九章 レズビアン・フェミニズム
結論その一 キルジョイ・サバイバル・キット
結論その二 キルジョイ宣言
訳者あとがき
謝辞
参考文献
人名索引
どの家にも学校にも職場にも駅にも田畑にも戦争の空気が漂っていた時代。女性、子供、捕虜の視点で描かれる、それぞれの戦争の日常。
貞淑という悪徳、“不真面目な”ヒロインたち、
不条理にキラキラのポストモダン、
結婚というタフなビジネス……
「男らしさ」「女らしさ」の檻を解き放て!
注目の批評家が贈る〈新しい視界がひらける〉本
・ジュリエットがロミオにスピード婚を迫った訳とは?
・フェミニズムと優生思想が接近した危うい過去に学ぶ
・パク・チャヌク映画『お嬢さん』の一発逆転!〈翻案の効用〉とは
・『マッドマックス』の主人公がもつケアの力と癒やし
・「マンスプレイニング」という言葉はなぜ激烈な反応を引き起こすのか……etc.
閉塞する現代社会を解きほぐす、鮮烈な最新批評集!
フェミニズムによって導入されたジェンダー観点は、時々刻々立ち現れてくる支配的な観念や絶対だと信じられている真理を、流動化する大きな力となってきた。さらにそうして生み出された流れを、観念にとどめることなく社会的現実に転化するための思考的実践が必要なのである。「フェミニズム的転回」叢書創刊第1巻目の本書は、哲学、倫理学、美学、宗教民俗学、歴史学の各分野で活躍する著者たちによる刺激的なジェンダー批評の実践である。
第1章 フェミニズム的転回のとき(大越愛子)
第2章 倫理学とジェンダーの視点(志水紀代子)
第3章 美的判断力の可能性(持田季未子)
第4章 「日本」論という思想(井桁碧)
第5章 女性史研究と性暴力パラダイム(藤目ゆき)
男女の違いという大テーマに斎藤環が挑む! 男と女はどう違うのか? 「性差」とは一体なんなのか? 人気の精神科医が、社会にはびこるトンデモ仮説を排し、この大テーマをさまざまな角度から分析する。(講談社現代新書)
男女の違いという大テーマに斎藤環が挑む!
男と女はどう違うのか?「性差」とは一体なんなのか?人気の精神科医が、社会にはびこるトンデモ仮説を排し、この大テーマをさまざまな角度から分析する。
はじめに
第一章 「ジェンダー・センシティブ」とは何か
ジェンダーについて語るということ/「ジェンダー・フリー」をめぐって/バックラッシュのひとつの本質/ジェンダーは人間の本質なのか?/ジェンダー・センシティブ
第二章 男女格差本はなぜトンデモ化するのか
倫理観や価値観は脳には還元できない/性差の脳科学のでたらめぶり/差異を再確認したがる欲望/「脳の性差」は証明されていない/ホルモンの力とは?/女性はY染色体が欠けている「足りない性」?/ジェンダーは進化する?
第三章 すべての結婚はなぜ不幸なのか
非婚化はなぜ進行したか/結婚生活における根源的なすれ違い/ジョークに見るすれ違い
第四章 食べ過ぎる女、ひきこもる男
ジェンダー・センシティブな医療/“男性脳”で肉体は女性/精神疾患とホルモンの関係/「ひきこもり」の性差/摂食障害/「自傷行為」と「自己嫌悪」/「ヒステリー」は何を問うか
第五章 「おたく」のジェンダー格差
なぜ「おたく」なのか?/おたくとは誰のことか?/「やおい」文化の特異性/ビジュアル偏重の男性おたく/おたくにおける「立場」とは/「カップリング」の謎
第六章 男と女の「愛のかたち」
性愛になにを求めるか/ポルノグラフィー/男は顔、女は声/おとこソファー
終 章 「ジェンダー」の精神分析
はじめに「去勢」ありき/「倒錯」について/「女になる」ということ/女は存在しない?/ファルスの享楽、他者の享楽/女性だけが身体を持っている/母がつくる娘の身体/「女らしさ」の分裂/女性の空虚感/欲望の二大原理/「共感」と「システム化」/空間と時間/ジェンダーと感情/ジェンダーと言語/ヴァイニンガーの間違い/ラカンによるフェミニズム/もう「ジェンダー」はいらない?
おわりに
主要参考文献
社会構築主義のインパクト、多様性の承認。バックラッシュと新自由主義、「女性の貧困化」。社会理論がその方向性を見定めがたく彷徨する間に、ひとびとの身体・生命はグローバルな取引の激流に投げ出された。フェミニズムは近代リベラリズムの何を乗り越えるのか。ジェンダーの壁を越えた承認と再分配の理論構築へ、丹念に積み重ねられた論考を紹介。
韓国において「革命的」といえるほど大きな盛り上がりを見せた#MeToo 運動。その根底に流れる理論と実践を提示。韓国フェミニズムの現在に対する批判的な分析は、日本のフェミニズム・ジェンダー状況を対比的に浮き彫りにする。
まえがき ── 日常の革命、#MeTooの政治学
まえがきの執筆を繰り返しながら/『被害と加害のフェミニズム』から『#MeTooの政治学』まで/男性文化と労働市場 -- #MeTooの背景/#MeTooとジェンダー/安熙正事件の 意味/#MeToo、ジェンダー暴力、性的権利/フェミニストの知識創造
あの男たちの「女性問題」-- 韓国の進歩的男性権力者の#MeToo運動に対する理解(権金ゲン怜)
「工作」したのは誰か/誰が何のために裁かれているのか/「どうすれば地位が他者の人権を奪えるのでしょうか?」という意味不明な文章/存在する権力は必ず行使される/陣営論のロジックーー問題提起を妨害する最も効果的な方法/「女性問題」という枠組み/ おわりに
女性に対する暴力と#MeToo運動(鄭喜鎭)
父の道具、そして「ささやき」/犯罪通報が革命である社会/加害者によって左右される争点 /男性と女性の「恣意」は同じではない/認識論としてのジェンダーの地位/ジェンダー社会で「不可能な#MeToo」/男性社会が選別する被害者/男性の新たな「性役割」は自らに対する責任感
春香には性的自己決定権が必要だった(橌砦イン)
はじめに/成春香と卞学道に聞きたい二つのこと/春香が守ろうとしたのは貞操ではない/卞学道は性欲を満たせなかったことに怒ったのではない/貞操では誰も救えない・れにもかかわらず、刑法には「貞操権」が入った/貞操権を超えて性的自己決定権へ/誰のための「抵抗」か/「同意」に必要なのは「拒否する権利」ではない/おわりに
ジェンダー概念とジェンダー暴力(ルイン)
トランスジェンダー・クィアの視角で見たジェンダー暴力の意味/「ブランドン・ティーナ/ティーナ・ブランドン」のカテゴリーを取り巻く論争/セックス‒ジェンダーの必然的関係に対する批判
/ トランスジェンダー・クィアとジェンダー/ジェンダー認識と、トランスジェンダー・クィアが受ける暴力の性格/ジェンダー暴力とジェンダー競合(Gender Dysphoria)連続体/トランスジェンダー・クィア連続体/トランス・フェミニズムに向かって
MeToo運動とフェミニズムの「大衆化」-本書の解説に代えて(申キ榮)
離れる他に、できることはないのだろうか。病理/非病理、偽物の愛/真実の愛、不幸/幸福、支配・従属/支え合いなど、多くの両義性を抱える「共依存」をめぐる言説を分析。そこに存在する倫理観を暴き出すことで、臨床の専門家や各領域の理論家が見逃してきた倫理と現実を提示する。
2021年9月、日本に誕生したデジタル庁のスローガンは「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を。」だが、オンライン空間ではヘイトスピーチ、ハラスメントがすさまじく、インターネットから距離をとる人が少なくない。白人男性中心の開発、高齢、貧困、障害など、さまざまな要因でアクセスすらままならない人もいる。
現在のインターネットは誰にでも優しいとは、決して言えない。これからのデジタル空間を生き抜くために、インターネットをフェミニズム視点で考えていく。
今日のフェミニズム研究に不可欠な視点である「インターセクショナリティ(交差性)」を前面に押し出し、豊富な事例や広範な先行研究をふまえて政治理論の近代以降の基軸に異議を申し立てる、積年のフェミニズム研究の大いなる成果。
第一章 性別化された身体ーー挑発
セックスを解釈する
セックスを脱自然化する
第二章 ジェンダーを概念化する
ジェンダーの歴史をたどる
言語学からの教訓
ジェンダー、および身体化された差異の規制
性的二形性を混乱させる
セクシュアリティを脱自然化する
セックス、ジェンダー、セクシュアリティの関係性を精査する
生物学的還元主義者の説明
パフォーマティヴな連関
構造的説明
ジェンダーを錯綜させる
第三章 身体化=身体性を理論化する
人間本性
身体を人種化し、ジェンダー化する
ジェンダー化された人種化と植民地化
近代の身体化からポスト近代の身体化へ
結論
第四章 公的なものと私的なものを描き直す
正典とされてきた説明
構成的な矛盾ーーリベラルな家父長制
公/私二元論への現代的取り組み
結婚
セクシュアリティ
身体の商品化
第五章 国家と国民を分析する
西洋政治理論における国家概念
ジェンダー化された制度としての国家
国民と国家
国民国家における人種化、ジェンダー化、異性愛化
奢侈禁止法から服装規定へ
政治的統一体を標準化する
異性愛化
第六章 不正義の概念をつくり直す
正義と国家
国家の不正義
人種化
ジェンダー化された排除と危険
アイデンティティを無効にすること、現実を強制すること
ポストコロニアル的、帝国主義的介入
国家にもとづいて正義にアプローチすることの限界
社会変革を構想する
日本語版の読者へ
特殊性を深掘りする
フェミニズムがたどってきた道
架橋する
訳者あとがき
参考文献
人名索引
事項索引
著者・訳者紹介
正当な地位を獲得すればするほど進む若い世代のフェミニズム離れ。それはなぜか。近代主義的な言説の厚む幾重もの屈折を解きほぐす。
『装置としての性支配』(1995年)につづく第五論集。90年代後半から今日までのフェミニズム、ジェンダー論を中心とした著者の代表的な仕事を収める。「女の時代」と呼ばれた80年代から一転して90年代のフェミニズムは、普及と拡散という事態に直面し、フェミニズム離れという現象すら起きている。少子化、晩婚化、経済不況の深刻化のなかでフェミニズムが抱えている課題を明らかにする。総論から各論へ、女性全体の問題から個別の問題へ、という時代の変化の意味を探っていく。性の商品化、性暴力、自己決定、セクハラなどの問題群をどう考えればよいのか。
黒人女性が受けた人種差別と性差別という二重の抑圧を告発し、中産階級の白人女性を偏重してきたフェミニズムに一石を投じる。「女性」が一枚岩でないこと、階級と人種をも考察すべきであることを指摘し、フェミニズムのその後の方向性に影響を与えた古典的名著。
謝辞
凡例
序章
第一章 性差別と黒人女性奴隷の経験
第二章 奴隷制廃止後もおとしめられつづけた黒人女性像
第三章 家父長制という帝国主義
第四章 人種差別とフェミニズムーー責任の問題
第五章 黒人女性とフェミニズム
訳注
監訳者あとがき
参考書目録
事項索引
人名索引
「女性たちよ、働く母になり、バランスよく幸せに生きろ」
20代ではキャリアを、30代では育児を。すべてが女性の肩にのしかかる「自己責任化」を促す、ネオリベラルなフェミニズムの出現とは? 果たしてそれはフェミニズムと呼べるのか? Facebookの元COOシェリル・サンドバーグやイヴァンカ・トランプらのエッセイ、マミー・ブログやドラマ等を分析し、若い女性たちに示される「幸せな」人生の選択肢とその隘路を問う。アメリカ・フェミニズムのいまを映し出す待望の邦訳。
「教育があり階級上昇を志向する女性を総称的な人的資本へと完全に変換してしまうことに対して、ネオリベラル・フェミニズムはある種の対抗として機能していると理解されねばらない(…)。ネオリベラル・フェミニズムは、逆説的に、また直感に反するかたちで生殖=再生産を「上昇志向の」女性たちの規範的な人生の道筋の一部として保持し、バランスをその規範的な枠組みかつ究極の理念とすることによって、ネオリベラリズムを構成する本質的な矛盾の一つを解消する手助けをする。」(本文より)
原著: Catherine Rottenberg, The Rise of Neoliberal Feminism, Oxford University Press 2018.
◎目次
序 章 ネオリベラル時代のフェミニズム
第1章 スーパーウーマンはいかにしてバランスを取ったのか
第2章 ネオリベラル・フェミニスト
第3章 ネオリベラルな未来性と総称的(ジェネリック)な人的資本
第4章 バック・フロム・ザ・フューチャーーー「いまここ」にむかって
第5章 フェミニズムの収斂(コンヴァージェンス)
第6章 フェミニズムを取り戻す
序 言
謝 辞
序 章 ネオリベラル時代のフェミニズム
第1章 スーパーウーマンはいかにしてバランスを取ったのか
第2章 ネオリベラル・フェミニスト
第3章 ネオリベラルな未来性と総称的(ジェネリック)な人的資本
第4章 バック・フロム・ザ・フューチャーーー「いまここ」にむかって
第5章 フェミニズムの収斂(コンヴァージェンス)
第6章 フェミニズムを取り戻す
訳者解題
注
文献一覧
事項索引
独立革命の時代から今日まで200年にわたるアメリカ女性の歩みを辿り、フェミニズムはどのようにして生まれたのかを追求する。
「フラジリティ(感性)」・「表象」・「言説」・「自然」
“個”が差異を超越できる“世界“を見据え、実在する人間社会のジェンダーや美学を繊維な表現で紡ぐ。
秦 辰也(近畿大学国際学部教授・シャンティ国際ボランティア会副会長)
第1部 フラジリティ(感性)と身体
第 1 章 フラジリティ(感性)の身体的次元
1 - フェミニズム認識論に向けて
2 - コンシャスネス・レイジング(CR)の流れ
3 - ウーマン・リブと身体への問い
4 - 自助と互助のあわい
5 - ヒューマニズムと実存
第 2 章 演劇セラピーとエンパワーメントータイー日移住女性たちの経験からー
は じ め に
1 - 日本へ働きにいかなければならなかった
2 - わたしたちは女性だから
3 - 自分たちの「ホーム(居場所)」
4 - 経験は詩になりうる
お わ り に -エンパワーメントの意味ー
第 3 章 フラジリティ(感性)の主体形成
1 - エンパワーメントに向けて
2 - 主体形成の被傷性
3 - ラディカル・デモクラシーの行方
4 - 経験のアポリア
第2部 フラジリティ(感性)と表象
第 4 章 別の身体になることーエヴァ・ヘッセの空間性と自己意識ー
は じ め に
1 - 人が見るフレームを覗く
2 - リアルを感じる
3 - 非物質性の空間
4 - 自己とイメージの物質性 -愚かさに宿る夢ー
お わ り に
第 5 章 フラジリティ(感性)の表象的次元
1 - 性的差異と普遍的なもの
2 - 感性の分有
3 - 翻訳可能性
4 - 詩学と悲劇的なもの
第3部 イメージと象徴
第 6 章 従軍慰安婦を表現する平和の少女像の象徴様式 -エルンスト・カッシーラーの神話的思考に照らし合わせてー
は じ め に
1 -『表現の不自由展・その後』をめぐる攻防
2 - モニカ・メイヤーのインスタレーションに通底するもの
3 -「従軍慰安婦」を象徴するということ
4 - 個人的な体験と視覚表現
5 -「慰安婦」をめぐる公的言説の環境
お わ り に
第 7 章 象徴様式の哲学
1 - 道徳的イメージをめぐって
2 - シンボルを操る動物
3 - 神話とフラジリティ(感性)
4 - 生と精神
第4部 「自然」とジェンダーの交錯
第 8 章 呼吸するコミュニティ・アートー植物的生物としての私たちー
は じ め に
1 - コミュニティセンターとしての会館
2 - 空間の広がり
3 - 社会とのつながり
お わ り に
第 9 章 ファブリック製品とジェンダーに配慮した生産ーフェアトレードの試みを通じてー
は じ め に
1 - フェアトレードと国際協力
2 - ソーシャル・ビジネス
3 - 布の象徴作用
4 - オルタナティブな構造のあり様
お わ り に
女性解放運動から第三波フェミニズムの誕生まで。浮かび上がるもうひとつのアメリカ現代史。
階級、ジェンダー、セクシュアリティなどの視座から、女性文学の多様な側面に切り込む。
宮本百合子を中心に、大塚楠緒子、野上彌生子、平塚らいてう、岡本かの子、林芙
美子、石牟礼道子、向田邦子、角田光代らの作品を幅広く取り上げ、一世紀にわたる
女性文学の内実を解き明かす、フェミニズム批評の実践。
1
一フェミニズム批評
女と言説/フェミニズム批評の有効性/フェミ
ニズム批評・ジェンダー批評・ケアの倫理/女
性文学史の新たな構築をめざして
2
二宮本百合子とセクシュアリティ
百合子とセクシュアリティ/『伸子』の素子/
『乳房』/ 鼎談 愛と生存のかたち
三宮本百合子と反戦・平和
『杉垣』にみる反戦表現/『築地河岸』『二
人いるとき』/『鏡の中の月』『雪の後』『播
州平野』をめぐって/占領下の百合子
四宮本百合子の世界と表現方法
百合子と日本女子大学校/『伸子』/『伸
子』にみるスペイン風邪と恋/『未開な風
景』/宮本百合子と佐多稲子
3
五女性表象の変容
女性による樋口一葉論/大塚楠緒子『空
薫』『そら炷 続編』/野上彌生子『噂』
/求愛の表現/戦時下の「母性」幻想/
角田光代『八日目の蝉』にみる母と娘
六フェミニズムとセクシュアリティ
『青鞜』におけるセクシュアリティの政治学へ
の挑戦/平塚らいてうと成瀬仁蔵/平塚
らいてう/田村俊子宛鈴木悦書簡をめ
ぐって/林芙美子『ボルネオダイヤ』『牛肉』
『骨』/林芙美子『晩菊』
七社会とジェンダー
岡本かの子『生々流轉』/石牟礼道子の世
界/三浦綾子『細川ガラシャ夫人』/向田
邦子のまなざし
文化的・社会的に構築されたセクシュアリティは、現在どこまで揺らいだか。排他的で抑圧的な異性愛規範を踏み破り、自らのセクシュアリティを選択する人、性暴力被害の当事者、性産業で働く人の声が制度や法を動かし始めた。これまで聞かれることのなかった多様な声を収録。
中絶の権利と胎児の生命に対する配慮は両立できるのか。フェミニズム思想の深化をめざして、リベラリズムとの差異を明らかにする。
フェミニストが主張する「私の身体は私のもの」と、リベラリズムの身体の自己所有の概念とは同じものか。それぞれの特徴を探る。フェミニズムは「女の身体は女のもの」という中絶の自由の主張を、リベラリズムの権利の概念を用いて正当化してきた。しかし胎児の生命のとらえ方をめぐって、リベラリズムに対していらだちや違和感をかかえこんでいる。女性の権利と胎児の権利の衝突をどう調停すればよいのかを考え、二つの思想の特徴を明らかにする。リベラリズムを批判的に相対化しようとする試み。
はしがき
序章 産む産まない権利とリプロダクティブ・フリーダム
1 中絶の権利の諸問題
2 リプロダクティブ・フリーダムと中絶の「権利」
1 フェミニズムとリベラリズムの相克
第一章 井上達夫・加藤秀一の論争
1 中絶は権利葛藤問題か
2 論争のすれ違いが意味するもの
2 身体を所有する権利をめぐって
第二章 所有権としての中絶の「権利」
1 身体の自己所有の原則
2 所有権による中絶の正当化1--パーソン論における中絶の「権利」
3 所有権による中絶の正当化2--ジュディス・トムソン「人工妊娠中絶の擁護」
4 所有権に対するフェミニストの異議ーー「胎児の両義性」の主張
第三章 身体的統合の平等としての中絶権ーードゥルシラ・コーネルの試み
1 身体的統合の権利と中絶
2 コーネルは所有権を乗り越えたか
第四章 「身体」の再編
1 <対象としての身体>から<私が存在する身体>へ
2 胎児と「私の身体」の境界
3 <私の身体は私のもの>再考
3 プライバシー権をめぐって
第五章 公私の分離原則とプライバシー権
1 正の善に対する優位
2 中立性の原則
3 個人の独立性
4 プライバシー権としての中絶の位置づけ
5 フェミニストのプライバシー権批判
第六章 「ケアの倫理」とリベラリズム批判ーーキャロル・ギリガンの『もうひとつの声』
1 もうひとつの声
2 ケアと正義(リベラリズム)をめぐる論争
3 ケアの倫理と再生産責任
第七章 宗教的自由としての中絶の「権利」--ドゥオーキンの『ライフズ・ドミニオン』をめぐって
1 「価値」問題としての中絶
2 「宗教的自由」論はプライバシー権批判をのりこえたか
終章 リプロダクティブ・フリーダムに向けての課題
1 リベラリズムとの決別
2 フェミニズムと「孕む」ことーー「生命倫理学」を超えて
3 リプロダクティブ・フリーダムに向けての課題
4 リベラリズムとフェミニズムの今後
あとがき
参考文献
索引