大阪・保育所聖愛園の「障害」児共同保育50周年を記念して刊行するブックレット(インクルーシブ(共生)教育研究所双書)。本書は,長年にわたる保育実践の研究成果をまとめたもので,子どもたち一人ひとりが, 民主的な社会を担う人として生きていってほしい,との願いをこめて記した子ども讃歌。
メコン流域諸国はアジア先進国から資本・技術・経営資源が導入されアジアでのダイナミックな分業に参加することで発展が促されてきた。また、ASEAN後発国であるこれら諸国はASEAN共同体や東アジア共同体の形成を通じてさらなる発展が期待される。本書はアジアダイナミズムのコンテクストの下で、その潜在性と発展条件を様々な視点から究明する。
圧倒的大多数の現地語といくつかのヨーロッパ諸語の織りなす重層的な多言語使用の実態。危機言語、母語主義といった西側世界による介入。それらがつくり出す複雑な言語状況を概観し、サハラ以南アフリカ14カ国の、ことばと社会をめぐる諸問題を具体的に論じる。アフリカ社会を理解するうえで、なぜ言語問題が重要なのかを明らかにし、アフリカ地域研究への新たな視点を提示。
『社会保障裁判ーー戦後社会保障権運動の発展』(小川政亮編・ミネルヴァ書房・1980年)の続編。裁判の背景・原告の思い・実務家等との協働を重視する「現場主義」に基づき1980年以降の社会保障をめぐる裁判を分析する。
また、困難を抱えている人々の生活と法制度の実態を解明し、すべての人が人間の尊厳に値する生活ができる社会を創ることを目的とした学問体系である「創造的法学」の視座・手法を裁判研究を通して提示。
単なる判例分析に留まらない人権保障のための学問のあり方を、自分たちの裁判活動を含む研究活動を以て示した一冊。
2000年に国連加盟国が合意した「ミレニアム開発目標」を軸に、現代の国際社会が抱える主要な問題群を解決するための理論と実践をともに学ぶテキスト。国際機関、援助実施機関、NGOなどでの実務経験をもつ執筆陣が自身の経験もふまえて解説する。
ホンモノ(人や物)を通して異文化と出会う学びの場を、
教育現場でいかにつくりあげるか。そこでは、どんな学びを目指し得るのか。
本書はワークショップを切り口に、体験を通じた学びの意義と手法が学べる一冊。
桜美林草の根理解教育支援プロジェクトの四半世紀の実践・研究の成果として、
8つのワークショップをオールカラーで一挙紹介!
【序章】桜美林草の根国際理解教育支援プロジェクトとは
【第1章】ホンモノを活かす教育支援の仕組み
【第2章】大公開!草の根プロジェクトのワークショップメニュー〈モノ編〉
【第3章】大公開!草の根プロジェクトのワークショップメニュー〈ヒト編〉
【第4章】人材・実物を活かした学びづくりのヒント
【第5章】ワークショップとはーーーーヒト・モノを活かすための教育手法として考える
【第6章】異文化とともに生きるために
早稲田大学教育総合研究所による“教育最前線公開講演会”を収録。
特別支援教育の考え方と制度を正しく認識し、対象者である発達上の遅れや問題をもつ子どもたちに
共通して見られやすい「がまんできない」という現象を、生物・心理・社会の各立場から論考。
読みやすい平易な文章で、今日の教育的な課題や問題について専門家の視点から解説。
【執筆者】
上月正博、筒井和義、坂爪一幸、村松 励、湯谷 優、村松 励、宮古紀宏
第1部 「がまんできない」を考える
・特別支援教育と今後の学校教育・・・・・上月正博
・「やる気」の根源を探るー生物学の立場からー・・・・・筒井和義
・「がまんできない」の」症候学ー高次脳機能の立場からー・・・・・坂爪一幸
・少年犯罪における「衝動性」-非行臨床の立場からー・・・・・村松 励
第2部 青少年非行の実態と対策ーあらためて非行と子どもを考える
・非行の実態ー面接・電話相談の現場から・・・・・湯谷 優
・犯罪の心理臨床ー機序と対応法・・・・・村松 励
・矯正教育の現場からー対応と課題・・・・・宮古紀宏
本書はヴィゴツキーから始まる社会文化理論に依拠し、日本語教室における主体性に基づく自発的発話とプライベートスピーチを分析した研究である。本書では日本語学習が個人の認知過程に還元されるものではなく、相互行為を通じて社会的に構成される過程であることを、上記の分析に基づき実証的に明らかにした。これは第二言語習得研究と日本語教室研究に新たな視座を提示し、教育実践と学術的議論の架橋を試みる学術的成果である。
2017年からドイツで適用された、多様な特性を持つ子どもに対応した新しい学習指導要領が、実際の学校現場にどのように反映されているのか、現地視察をもとに紹介。障害児者をはじめ移民・難民の子どもも含めたドイツのインクルージョンの最新事情を知る上でも有益な一冊。
▼個人の経済的自立と自然社会と共生する豊かな消費行動のために
適切な金融行動を通じて社会的価値行動の醸成を目指す
国際比較に基づくパーソナルファイナンス教育の理論と実証
学校は男女平等に見えて、実際には男性を標準とし、「良いこと、目指すべきこと」とされる基準の多くが「男性性」と結びついている。しかし教師はそれを意識することなく、当たり前に受け入れていないだろうか。学校で日々行っていることの多くが日本のジェンダー不平等の大きな原因なのかもしれない。学校の日常をジェンダーの視点から問い直す。
はじめに
序章 なぜ「男性性」を問うのか 前川直哉
1章 「指導力」という名の教員の「暴力」
ーー男性支配への合意を調達する仕組み 前川直哉(福島大学准教授)
コラム エミールから現代まで 片岡洋子(千葉大学教授)
2章 「男性性」の“くびき”をまなざす 大江未知(大学教職養成課程教員)
3章 「自分らしさ」では届かない場所へ
──フェミニズムとともに歩む教室の実践 星野俊樹✕大江未知
4章 男子の聖域 福島はなこ(開成中学国語教諭)
コラム 田中・福島往復書簡ー闖入者たちの対話ーー
5章 男子校でこそ感情の言語化を 田中めぐみ(男子中高校社会科教諭)
6章 トラブルとしての異性装 菅野真文(北海道公立高校教諭)
コラム 私が「学校の男性性」を感じるときーーアンケート結果から
7章 フェミニズムから男性性を問うことはできるか 虎岩朋加(椙山女学園大学教授)