宗祖法然上人の法語・消息をまとめて伝える浄土宗・浄土真宗における貴重文献『黒谷上人語燈録』。完本として最古かつ唯一の伝本である龍谷大学図書館蔵元亨元年(一三二一)刊本の全編を、同時代に付された訓点・振り仮名を含め、詳細に翻刻。さらに語彙索引・漢字索引を具備し、仏教学のみならず、古代における日常語・口頭語研究、言語位相論的研究、漢文訓読史研究等、諸分野の研究に裨益する決定版。
知識基盤社会において,知識を求める人間と文献とを仲介する図書館員の役割はこれまで以上に重要視されなければならない。
本書は,図書館員による利用者の情報要求の把握に関する理論研究と実践研究を扱った論考を中心に,図書館の基本的特性とその社会的意義,図書館情報資源のもつ特性,さらには利用者の主体的学習を支援する利用者教育に関する理論と実践についての論考を,三部構成全15章にまとめた。
1部 図書館と情報資源に関する論考
1章 図書館サービスの公益に関する考察
2章 文化資源と図書館の機能に関する考察
3章 認識論的権威としての図書館情報資源に関する考察
4章 情報探索者が捉えたインターネット環境における情報源としての図書館および図書館員の特性
2部 レファレンスサービスに関する論考
5章 レファレンス・インタビューにおける情報ニーズの認識レベルと表現レベル
6章 レファレンス・インタビューにおける利用者モデル
7章 質問応答過程と情報ニーズのレベル
8章 情報要求における無意識の機制に関する理論と図書館サービスへの応用
9章 デジタル環境におけるレファレンスサービスモデル:大学図書館を中心に
10章 デジタル環境の進展による図書館と利用者との関係の変容:レファレンスサービスの仲介的機能の展開を中心に
11章 公共図書館におけるレファレンスサービスの動向と課題
12章 米国の研究図書館におけるレファレンスサービスの動向と新たな情報リテラシーの枠組み
3部 利用者教育に関する論考
13章 米国の大学図書館における利用者教育の理論化の動向
14章 大学図書館における利用者教育と情報探索能力
15章 利用者支援モデルと情報専門職の役割
迷信といいながら、魔よけにすがる文化は昔から世界中にある。人びとを惹きつける「得体の知れない何か」とそれからの身の守り方を比べてみることで、多文化理解を深める。
当館では、これまででもっとも危険で、もっとも恍惚とした、書物たちとの出会いをご用意してみなさまのご来館をお待ちしております。
てのひらにのる小さなお話集です(A6判)。各巻に幼児から小学校中・高学年までたのしめる日本や外国の昔話、創作、わらべうた、指あそびなど数編を収録。いずれも実際に子どもたちに語った経験をもとに編集しています。1973年刊行開始以来、語りのテキストとして圧倒的な支持を受け(現在までの発行部数175万部以上)40年以上続くロングセラーです。図書館、文庫、幼稚園・学校、家庭などでの読み聞かせにもご利用ください。
"○こすずめのぼうけん(エインワース作/石井桃子訳)○ぬか福と米福(日本の昔話/東京子ども図書館再話)○北風に会いにいった少年(ノルウェーの昔話/東京子ども図書館訳)○雨のち晴(ポター作/松岡享子訳)○おどっておどってぼろぼろになったくつ(グリム昔話/東京子ども図書館訳)/話す人のために/お話とわたし
"
情報化社会での学校図書館と司書の役割を提言
学校の情報化が進められ,平成13年度末までに全学校がインターネットに接続された.それに伴い,学校図書館へもインターネット端末が導入され,学校図書館の情報化も進められてきている.平成10年に旧文部省より出された報告書においても,「学習情報センター」としての学校図書館整備強化が挙げられている.こうした流れの中で学校図書館における司書教諭の役割は大きくなるが,学校図書館法の一部改正により平成15年度から一定規模以上の学校図書館に司書教諭が必置となる状況においても,司書教諭に対する認識および司書教諭の情報化に対する認識は高いとはいえない.このような状況を鑑み,今後の学校図書館と司書教諭のあるべき姿を具体的に提言した一冊.今後学校図書館で行われるであろうインターネット学習について,情報の検索・評価・収集・提供,著作権処理等の観点から解説した.
2017年11月、武蔵野美術大学 12号館地下展示室で開催される「遠藤彰子展 “Cosmic Soul”」公式図録。「人間の存在」や「今、生きている実感」をテーマに、500号以上の大作に挑みつづける遠藤彰子。初期の「楽園シリーズ」から飛躍のきっかけとなった「街シリーズ」をはじめ、展覧会出品作品のみならず、代表作を含めた約100点の絵画・彫刻等で構成。高階秀爾による解題とともに、50年以上にわたる画業をまとめたThe Akiko Endo決定版!
21歳、東京から神奈川県相模原市に移り住んだ遠藤は、雑木林に囲まれた自宅周辺をこよなく愛するようになる。野兎やキジバトが棲む鬱蒼とした森をデッサンしては、夜になると油絵に描き直す。自然の中で、人間と動物がカーニバルを繰り広げる「楽園」のイメージは、こうして生まれた。
しかし「いつも何かが欠けている」という感覚はぬぐえず、やがて画面の登場人物一人一人に感情移入し、小さな一部屋一部屋を日記風に描きつづけ、そこでの模索が「街」シリーズへとつながってゆく。
街シリーズを手がけていた1980年代、日本は好景気に沸くいっぽう、物質的に豊かになればなるほど不安定な気持ちが増幅していくのは何故か。こうした世情の中で、遠藤は画面にいくつもの消失点を設定し、相反する空間を手にする。不安と、楽しさが、同居する街が、ここに出現する。空間はねじれ、ゆがみ、階段はメビウスの輪のように……日常と幻想がからみ合った、謎めいた迷宮。この空間が500号、さらにはそれ以上の大画面へと遠藤を駆り立てる。
見上げる空と、落ちゆく空。反転する重力。さっき生まれた浮遊感が、つぎの瞬間には失墜する。肉体が意識を揺さぶる瞬間だ。高階秀爾が遠藤彰子を「『バロック性』に溢れる芸術家」と評する所以である。人が生きて、ここにあるということ。肉体から、宇宙の魂へと昇華する瞬間。
ごあいさつ
謝辞
遠藤彰子の「宇宙的」世界/高階秀爾
図版
1. 500号以上の大作
2. 街シリーズ
3. 楽園シリーズ
4. 彫刻・挿画・その他
資料
刻ふりつむ/遠藤彰子