フォークソングは1960年代の日本においてどのように展開したのか?鶴見俊輔の「限界芸術論」を手懸かりに中川五郎・片桐ユズルへのインタビューを交え背景となった市民運動とともに関西フォーク運動の実像にせまる。
吉田博は日本の西洋画壇を牽引した画家であり、現在ではとりわけ新版画家としてその名を知られています。吉田遠志(よしだ とおし)はその長男で、幼少期に父・博から洋画、木版画の手ほどきを受け、海外のスケッチ旅行にも同行していました。
遠志は初期こそ博の影響を受けた新版画風の作品が多いものの、やがて独自の作風を掴み、7大陸の旅を元にした風景版画や、ライフワークとなった動物版画などを多数生み出しました。
アメリカを中心に海外での活動が主としていた遠志は、すぐれた作品を制作しながらも、未だ日本国内では知られざる作家といえるでしょう。そこで、本特集では2025年の没後30年を目前に、東京・長野の2カ所で開催される初の回顧展に合わせ、木版画家・吉田遠志の目がとらえた世界を、厳選して紹介します。
金箔を切って貼り、仏像などを彩る技法・截金を詳細な写真で詳しく紹介。伝統文様、創作文様を数多く紹介し、作品制作にも活用できる構成になっている。
エマーユとは、フランス語でエナメル七宝のこと。パリやリモージュ地方において、ナポレオン3世時代やアール・ヌーヴォー期に制作されたエマーユを中心に掲載した作品集。
大衆を巻き込んでポピュラーな展開を見せた20世紀アメリカの文芸、美術、音楽、映像の諸例に幅広くふれながら、現代という時代がいかにして立ち上がり、どのような方向性をもって進展してきたのかを考察、解説していく。本書では、まず「120世紀アメリカの歴史と文化の概要」を知り、次に「2メディアの展開にも関心」を向けつつ、さらに、「3アメリカを発信源として世界に流布した文化作品の読み方」を学ぶことを目標としている。
1.アメリカの20世紀 2.キューピーとアメリカ 3.ウォルト・ディズニーのアメリカ 4.ポップと民衆の声 5.カントリー音楽の成り立ち 6.戦争と社会 7.ジョン・ウェインのアメリカ 8.テレビドラマと社会 9.エルヴィス・プレスリーの出現 10.ジャズと即興芸術 11.カウンターカルチャー 12.癒やしの聖地ーヴェトナム戦争戦没者記念碑 13.身体意識と消費文化ー転換期としての1980年代 14.ヒップホップのスタンス 15.芸術、文化、アメリカ
●キャッチ
Chim↑Pom from Smappa!Groupの元リーダー、渾身の書き下ろし40万字(単行本3冊分)!
アートが育んできたラディカルさ、全ての行為・行動・活動が「アクション」であるという自覚で、私たちの日常はガラリと変わる。いまやアクション(活動芸術)あるのみ!
●内容紹介
本書は、独創的なアイデアと卓越した行動力で、社会に介入し、私たちの意表を突く数々のプロジェクトを成功させてきたアーティスト・コレクティブ、Chim↑Pom from Smappa!Groupの卯城竜太によるはじめての単著です。今春、森美術館で開催された「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」は、初の大規模な回顧展ですが、実は作品を見ただけでは彼らがやってきたこと、成し遂げてきたことはあまりわかりません。彼らにおいては、作品成立の元に「プランニング」「スタディ」「ネゴシエーション」「オーガナイズ」「ステートメント」「ファンディング」「展開」などの様々なオペレーションが隠されているからです。それは精緻な理論にささえられており、実際、驚くべき冒険そのものです。本書はそうした日本で最もラディカルなアーティスト・コレクティブの内奥をすべて開示し、グランドセオリーなき世界で新しい未来を切り開くためのドキュメント&理論書です。
<結論から言えば、僕は、何重にも「アクション」の解釈がねじれたその先に、「いまやアクションあるのみ!」は、新たに有効なキャッチフレーズとしてここに再び召喚できると考えている。もちろん、繰り返すように、その言葉の意味は昔のままでも額面通りのものでもない。その使われ方もかつての前衛アートの「再生」にはならない。だから、この変化はリサイクルのようなマイナーチェンジとは違うスケールの、パラダイム・シフトに匹敵するものだと公言できる。アーティストやアクティビストと名乗る一部の行動派による度胸試しのような「直接行動」から、アクションの概念は、すべての人間に実装される「誰もができ得る『活動』」へと新たに拡張されているのである。そのことを整理する先には、きっと、究極的な目的と世界が広がっているはずだ。……脱資本主義や反権威という命題のもとに自爆を繰り返してきたアナーキーなアクションの文脈において、「新たなアクション」は、社会丸ごとを乗っ取る革命よりも先に、資本主義の支配が実は部分的に既に「終わっている」ことを気づかせるだろう。>(「はじめに」より)
多くのエピソードと知られざる事実をまじえ、黒沢映画の面白さとその生涯に迫る。
本書は初めて直接あるいは間接にしか伝わらなかったガリレイの月の素描を集成し新たに配列しなおしたものである。太陽の黒点をどう理解したものか、1611年から1613年に至るまで継続された分析もまた、優に200を超える素描や銅版画として年代順に配列してある。これによってドイツのイエズス会修道士クリストフ・シャイナーとガリレイによるアルプスをはさんだ論争が、日1日と映画のように追うことができる。ガリレイはこのとき画家仲間のロドヴィコ・チゴリの手助けを得ていた。本書によって著者はトーマス・ホッブスの『リヴァイアサン』に始まり(1999)、ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツの『モナドの窓』(2003)に続いて、図像の力を解する基本人物たちによる初期近世3部作を完結した。芸術史、科学史、哲学史にわたる類例のない、かくもマテリアル満載で、なおかつ議論の鋭角な仕事は、ここに大きな団円を迎えることとなった。
今ほど芸術文化振興が求められている時もない。
助成する側は、どのようなビジョンにもとづき創造活動を支援するのか。助成を受ける側に何を求め、どのように審査し、評価しているのか。
一方、助成を受ける側にとって、それらは何をもたらすのか。
英国のアーツカウンシルを例に、その制度や組織の実情をとらえ、芸術文化助成のあり方を読み解く。
「創造」「独創性」「芸術家」「芸術作品」「形式」といった、近代美学を「内部」から支える五つの概念を吟味し、人と芸術作品との出会いを可能にする理論的条件を探求する。そして自然と人為、必然と意志、伝統と革新の交叉といった逆説に分け入りつつ、「近代的」芸術観の意義を解明する美学芸術学必読書、新装版。
プロローグ 芸術の誕生
第一章 創造
1 創造の類比と可能的世界
2 自然の規範性の解消
第二章 独創性
1 「地理上の発見」と独創性
2 独創性と範例性
第三章 芸術家
1 「表象」から「共感」へ
2 「表象」から「表象する主体」へ
3 近代の反省的知性と芸術家
第四章 芸術作品
1 近代の「技術」観
2 自然と技術の交叉
第五章 形式
1 絵画の魂としての彩色
2 音楽の自己完結性
3 自己自身と戯れる言語
エピローグ 芸術の終焉
宇宙へと飛翔する想像力
「宇宙へと飛び去った男」「棺アート」「消失と復活の劇場」「ゾンビ・コスミズム」……
人工衛星スプートニク1号の打ち上げとガガーリンの宇宙飛行で幕を開けたソ連のプロジェクトは生活レベルまで浸透し、芸術家たちの想像力を宇宙へと差し向けることになる。共有された遺産としての《宇宙》を芸術家たちはいかに我が物としてきたのか。ロシア宇宙主義を背景に、作家たちが形づくる星座を観測する。
序章 復活する宇宙
第1章 複数形のコスモスを生きる
1 生活と宇宙の接続
2 宇宙感覚のインストール
3 時空間をめぐる神話的遊戯
4 ロケットの環世界
第2章 三つの方舟の軌跡ーー正方形・飛行機・棺
1 正方形の変容ーースプレマチズムの宇宙的領野
2 飛行機というユートピアーー夢と現実の媒体
3 棺は復活の夢を見るかーー生と死の探求
第3章 ユートピアの観測点ーー後期ソ連の宇宙芸術
1 観測と交信ーーコンセプチュアリズム前史
2 生の劇場ーーキネチズム
3 地上の宇宙飛行士たちーーモスクワ・コンセプチュアリズム
第4章 死と復活のスペクタクルーー宇宙芸術の身体イメージ
1 ロシア宇宙芸術の現在ーー不死の克服
2 平等のストラテジーーー誰の視点で未来を語るか
3 ゾンビ・コスミズムーー芸術史のゾンビ化
4 宇宙芸術とユーラシア主義ーー死をめぐる闘争
結びに代えて
注
図版出典
宇宙芸術関連年表
大学の芸術学部で学ぶ作家志望の「私」と、二歳年下の画家志望の「彼」。書く訓練として「私」が何年も続けた「MH式カード」、二人が住む杉並界隈の風景、印象派の画家たちの群像……。創作をめぐる諸断片とともに織り上げられていく、夢を追う若者たちの名もなき時代……。自らの作家になるまでの日々を批評的に描いた、批評的半自叙伝。
匿名芸術家
四十日と四十夜のメルヘン
江戸から明治へ。激しく社会的価値観が変わっていった日本近代。新たな時代の波の中で、京都ではさまざまな芸術的創造活動がおこなわれていた。その具体的な事例を考証し、その実際を浮き彫りにする。
はじめに
第一部 創造の磁場としての京都
1 第一章 襖絵における抽象表現ーー西芳寺西来堂を中心に 山田由希代
2 土田麥僊 大道弘雄宛書簡ーー朝日新聞社と国画創作協会をめぐって 上田文
3 近代京都のロウケツ染ー鶴巻鶴一の臈纈の復活とその後の展開ー 青木美保子
4 江戸後期から明治中期の縮緬と現代の縮緬ーー京都工芸繊維大学美術工芸資料館の古裂帖調査
上田香
5 京都高等工芸学が収蔵した画譜および図案集の履歴ーー産業界から教育機関へ 加茂瑞穂
6 京狩野研究と土居次義の眼ーー調査資料に残された研究の断片 多田羅多起子
第二部 伝承のなかの教育と技術
7 絵手本『画筌』に見る江戸狩野の教育法 寺本健三
8 名所案内記にみる狩野元信 島田有紀
9 実業教育としての図案 岡 達也
10 近代韓国デザインにみる日本図案教育の影響ー留学生の活動を中心に 廬ユニア
11 「三川内焼」がたどった近現代ー中里末太郎(陽山)の系譜を中心にー 川口佳子
コラムーー京都における芳瀧 藤川純子
コラムーー京都工芸繊維大学美術工芸資料館収蔵資料の再発見譚 和田積希
第三部 交流・衝突がひらくモノ(仮)
12 伝狩野元信筆「四季花木草花図下絵山水図押絵貼屏風」の復元考察 武瀟瀟
13 俵屋宗達筆・烏丸光廣賛「牛図」--宮廷貴族に広がる禅文化の中 奥井素子
14 花鳥図案と京都画壇ー「我邦固有」の図案と花鳥画をめぐって 井戸美里
15 井戸茶碗発祥の地、熊川(ユンチョン)権相仁
16 富本憲吉と會津八一の交流ーー展覧会を開催して湯浅健次郎
17 お目出度きデザインー引札 中野仁人
コラムーー展示が継承する「情報」と「もの」與石まおり
第四部 展示の公共性
18 第一八章 博物館と社会ー台湾における地域博物館の展開から考えること 黄貞燕
19 ミュージアムへの回帰ー映画のなかのミュゼオロジー 三木順子
20 博物館施設と「公共性」大学附属博物館から考える平芳幸浩
コラムーーウィリー・フェルナンデスによるフィリビンセンター内装デザインに関する批評 ヴィンセ
ント・ルイ・タン(奈良葉子 訳)
コラムーーテクノロジーの進化にともなう鑑賞方法の変化 神蔵理恵子
男性が女性を庇護するのが当り前だった近代において、心的には男性を支配して生きた岡本かの子。その残された短歌作品を主軸に夫や息子による自伝、随筆、ともに暮らした男たちの声を通して創作の真髄に迫る。
能と中世文化を探求する論集。今回は世阿弥作の作品を中心に、興行の政治性、能の起源や身体論など、さまざまな角度から検討を加える。
渡辺 保 「芸」について
小林康夫 秋よ友よ──「姨捨」をシネマ風に
〈2 対談〉
中沢新一×松岡心平 能「当麻」をめぐって
〈3 論文〉
松岡心平 一条竹鼻勧進猿楽と世阿弥
沖本幸子 〈翁〉生成の磁場──方堅・乱拍子・摩多羅神
横山太郎 ハタラキ考──世阿弥以前の能における鬼の身体
竹内晶子 能「箱崎」考──本説の検討と諸本系統図作成を通して
倉持長子 能「雲雀山」のトポス──大和・紀伊の境界をめぐって
荒武裕一郎 歌うこと、旅すること──『西行物語』について
イタリア・ルネサンスの美術を知るうえで最も重要、かつ読み物としての面白さを兼ね備えたヴァザーリの『芸術家列伝』は、ダンテの『神曲』とならぶ古典として知られている。その中より後期ルネサンスを代表する六名の画家の伝記を収録。
本書は、60年近く前に発表された
哲学者・鶴見俊輔の『限界芸術論』を捉え直す論考。
誰かに贈られる表現であり、身近な人々を楽しませるからこそ
「限界芸術」たりえるーー「純粋芸術」「大衆芸術」とは別の
非専門的表現者に注目した新たな芸術論!
巻頭口絵〈16頁〉
序 章 「小さな芸術」への興味
第一章 限界芸術鳥瞰
第二章 絶対性を求める心
第三章 「無名」であることの美しさ
第四章 限界芸術と「アーカイブ」
第五章 都市と限界芸術
第六章 芸術と倫理ーどこまでが芸術か
第七章 何よりも価値があるもの「生きる時間」
結 章 「贈られる」表象
2017〜2019年に国内で刊行された、芸術・言語・文学分野の翻訳図書8,708点の目録。「著者名索引(ABC順)」付き。