「美」や「芸術」を理解しようとする初学者のために、それを論ずる場での具体的な方法論や歴史的観点の事例を紹介しつつ、トータルな人間の生の営みのなかに「芸術」を把握するてがかりの一端を開示した一書。さまざまな芸術分野のなかでも主として絵画・彫刻・建築などの「美術」、すなわち物理的な素材を用いて空間のなかに形を造る「美術(造形芸術)」を取り上げ、時空の座標軸の中心にはイタリア・ルネサンスを据えた。内容的には、西洋世界における「美術」と「美術家」という概念の成立や変遷過程を、美術作品、美術文献、文学作品、社会制度、学問としての美術史の成立過程などとの関係のなかに立体的に検証することを意図している。
2019年8月1日から開催され同年10月14日に閉幕したあいちトリエンナーレ2019(以下「あいトリ2019」とする)。あいトリ2019は本来の「芸術」という側面(もっとも、政治的でない芸術があるのか、そもそも芸術とは何か、といった問題があることは承知しているが、ここでは一般通念に従う)ではなく、法的・政治的な観点から種々の波乱を巻き起こしたが、本稿ではあいトリ2019にまつわる法律問題のうち、2019年6月26日になされた文化庁による愛知県に対する補助金不交付決定について法的な観点からの検討を加え、今後の我が国におけるあるべき芸術表現に対する公的助成の仕組みづくりにむけての素材を提供することを目的とする。
芸術論の古典十五篇を収録。『教訓抄』『洛陽田楽記』『作庭記』『入木抄』『古来風躰抄』『無名草子』『老のくりごと』『君台観左右帳記』『珠光心の文』『専応口伝』『ひとりごと』『禅鳳雑談』ほか。
デューラーに対する限りない敬愛、ラファエロ、ミケランジェロなどイタリア画家たちへの深い共感、そして音楽へのオマージュが奏でられる。
第1部(昔のドイツの芸術家たちは、どのように生きたかについての叙述、その際例として、アルブレヒト・デューラーとその父である先代アルブレヒト・デューラーがあげられる
イタリアの書物から翻訳された物語
ラファエロの肖像
ミケランジェロの最後の審判
聖ペテロ寺院 ほか)
第2部 ヨゼフ・ベルクリンガーの数編の音楽論稿(裸の聖者の不可思議な東洋のメールヒェン
音楽の不可思議
あらゆる芸術における様々なジャンルについて、とりわけ教会音楽の様々な方法について
ヨゼフ・ベルクリンガーの手紙の断片
音楽独特の内面的本質と現代器楽音楽の心理学 ほか)
沸騰する大衆のエネルギー
〈プロレタリア文化運動〉は、1920年代初めから30年代前半にかけておこなわれた芸術運動・大衆啓蒙運動・地方文化運動である。
本書は、近年発掘されたガリ版刷りのビラ、チラシ、チケットなど運動の最前線で使われた多様な資料を駆使しながら、文学・運動理論・演劇・美術・宗教・メディア・ジェンダーの側面から検討し、近代資本主義の矛盾と対峙した人々の足跡を明らかにする。モダニズム研究の新局面。
【序論】プロレタリア文化運動研究のために=中川成美
【1 資料をたずねて】
「小樽資料」「浦西資料」との出会い=伊藤純
小樽文学館と小林多喜二と池田壽夫旧蔵書=玉川薫
大原資料の特徴=立本紘之
【2 文化運動の諸相】
[総論]日本プロレタリア文芸聯盟の設立と〈プロレタリア文化運動〉=村田裕和
[文学1]プロレタリア文化運動における組織の問題=内藤由直
[文学2]地方のプロレタリア文化運動──関西を中心に=和田崇
[文学3]文戦派の文化運動=鳥木圭太
[運動理論]「プロレタリア文化運動」の理論化の意義と諸問題=立本紘之
[演劇1]小山内薫と「築地小劇場」=伊藤純
[演劇2]プロットと移動劇場=正木喜勝
[演劇3]新協劇団と『月刊 新協劇団』──左翼と国策のあいだ=鴨川都美
[美術]地方のプロレタリア美術──移動展と地方支部=足立元
[宗教]プロレタリア文化運動における宗教の位置づけ=池田啓悟
[メディア]戦旗社支局における謄写版刷りニュースの発行──指導方針と読者の間で=武田悠希
[ジェンダー]プロレタリア文化運動における「婦人」の位置付け──コップの婦人政策を中心として=泉谷瞬
【3 附録】
参考文献目録=池田敬悟(編)
団体名および略称一覧
左翼演劇公演一覧表=村田裕和(編)
日本プロレタリア文化運動組織変遷図[1921─1934]=村田裕和(編)
あとがき=村田裕和
稀代の哲学者、その思想の淵源へ
世界が大きく変わる時代に、あらゆる領野を、その独自の思想で切り開き、後世に多大なる影響を与えたジョルジュ・バタイユ。彼が携わった雑誌『ドキュマン』を中心に、第一人者が不世出の思想家に迫る。
ついに「システム」はモスクワ芸術座の指針に採用され、劇団内部の対立は解消されたかに見えた。一九一七年ロシア革命勃発、戦乱に巻き込まれた芸術座はまたも二つに分断され…。激動の時代を生き延びた巨大な演劇人の後半生。
生まれついての聴き屋体質の大学生、柏木君が遭遇する四つの難事件。芸術学部祭の最中に作動したスプリンクラーと黒焦げ死体の謎を軽快に描いた表題作、結末のない戯曲の謎の解明を演劇部の主演女優から柏木君が強要される「からくりツィスカの余命」などを収録する。文芸サークル第三部“ザ・フール”の愉快な面々が謎を解き明かす快作、ユーモア・ミステリ界に注目の新鋭登場。
1956年に吉田千鶴子、岩見禮花らを中心に結成された「女流版画会」は、当時男性が中心であった版画界において、女性作家の活躍の場を広げました。女流版画会には南桂子や、内間俊子といった海外を活動の場とした女性作家や、現在も第一線で作品の制作と発表を続ける柳澤紀子も参加していました。同会は1966年のニューヨーク展を最後に解散しますが、10年の活動期間を通じて日本の女性版画家の存在感を国内外に強く印象付けます。
同会の活動は、2020年にアメリカ・ポートランド美術館で展覧会が開催されるまで、日本の版画史を語るうえでもほとんど見落とされてきました。本特集の第1部では女流版画会の創立メンバーを中心に、個性豊かで魅力的な作品を紹介し、改めて再評価の光を当てるものです。また、第2部では柳澤紀子や山本容子など、1970年代に活発な発表活動を行った女性作家たちを紹介し、現代に繋がる版画の新たな道を切り拓いた「パイオニア」たちを紹介します。
掲載予定作家:吉田千鶴子、岩見禮花、内間俊子、小林ドンゲ、南 桂子、松原直子、野中ユリ、柳澤紀子、辰野登恵子、山本容子 他
20世紀の大指揮者クレンペラーの最晩年の姿を通して人間における音楽のもつ意味を浮かびあがらせる好著である。
哲学者キェルケゴールのいう美的・倫理的・宗教的領域への深まりをクレンペラーの具体的な演奏を通して明らかにする著者渾身の作。
はじめに
序 章
第1節 本書執筆の背景と目的
第2節 オットー・クレンペラーと晩年
第3節 先行研究と本書の意義
第1章 オットー・クレンペラー 人と生涯
第1節 生涯略歴
第2節 人物像概要
第2章 晩年の創造とその分析
第1節 創造の構成 ─再現と表出の芸術─
第2節 1967~69年の創造内容
第3節 創造にみられる3つの特徴
第3章 マーラーへのオマージュと創造
第1節 マーラーへのオマージュ
第2節 マーラー交響曲第2番演奏の意義
第4章 民族性と宗教性の問題と創造
第1節 クレンペラーの民族性と宗教性の問題─内在する神をめぐって─
第2節 思想的傾向と創造
第5章 生と死の意識と創造
第1節 晩年の活動と遺された言葉
第2節 作曲活動にみる晩年の死生観─声楽曲創作の源泉となった詩からの考察─
第3節 マーラー第9交響曲とクレンペラー
第4節 晩年における生と死の意識と創造
終 章
参考文献・参考資料
あとがき
人名索引
金箔を切って貼る截金の技法を、名工・松久真やが現代に蘇らせた。截金の基本技法を救世観音で、瑠璃観音・雛人形で着彩した上に截金を施す応用技法を、さらに仏画で平面に施す技法を示す。伝統文様、創作文様の図案も多数収録。
現代抽象絵画を代表する作家マーク・ロスコ(1903-70)。様々な色の矩形が浮かぶ独自の様式に至る以前、ロスコ自ら綴った草稿を編んだのが本書である。1940年代前半、自身の芸術がいまだ確立しない苦しみの中にあったロスコは、一時的に絵筆を置き、それに替えてペンを執った。そこに残されたのは、画家としてではなくオブザーバーとして造形芸術を語り、現代と古代のあいだをわたりながら記された、美術の〈リアリティ〉の系譜である。数年後に再び画布に向かった時、彼の作品は、現在ロスコの到達点として認められる純粋な抽象画へと変化を遂げる。挫折であると同時に、ロスコがロスコになる転回点ともなった時代の貴重なテキストー死後永らく埋もれていた草稿が今、60余年の時を経てその息子の手によって甦る。
大地の芸術祭、瀬戸内国際芸術祭をはじめ、日本では大小さまざまな地域芸術祭が開催され、多くの観光客がアート鑑賞を目的に全国各地を訪れている。地域活性化につながるとの肯定的な評価が与えられる一方、そのあり方への批判やリスクの指摘もなされてきた。
本書では地域芸術祭の歴史をたどるとともに、地域芸術祭をめぐるさまざまな議論を整理した上で、これからの地域芸術祭の課題と可能性を多角的な視点から考える。
【「はじめに」より】
本書は、地域芸術祭を批判的に考えるために執筆されました。よく誤解されますが、「批判的に」考えるとは単なる粗探しではありません。批判的に考えるためには、対象と適切な距離を保つことが必須です。それにより、良い部分と悪い部分が客観的に判断できるようになるからです。「良い部分」を「利点」や「可能性」、「悪い部分」を「欠点」や「限界」と置き換えてもいいでしょう。もちろん、私たちが完全な客観性を得ることは不可能です。どれほどそうあろうとしても、必ず主観が入ってしまうのが人間の思考だからです。そのことを踏まえたうえで、本書はできるかぎり客観的な立場から議論を進めます。
(中略)国内の地域芸術祭ブームが落ち着いた今、「地域芸術祭とは何か」という問いを「批判的に」考える時期が訪れました。本書は、その最初の試みです。
【目次】
はじめに 地域芸術祭を「批判的に」考える
第1章 芸術祭とは何か
第2章 地域芸術祭の歴史
第3章 地域芸術祭をめぐる議論
第4章 地域芸術祭の可能性
第5章 地域芸術祭の課題
おわりに
はじめに 地域芸術祭を「批判的に」考える
第1章 芸術祭とは何か
第2章 地域芸術祭の歴史
第3章 地域芸術祭をめぐる議論
第4章 地域芸術祭の可能性
第5章 地域芸術祭の課題
おわりに
ゴッホ、モネ、ラファエロ、レンブラント…人生と、名作の読み解き方は、すべて「家」にあった。生涯と絵画の見かたがすぐわかる。
動物や世界から切り離された人間はいかにして個としてその生を全うするか。バタイユの絵画論と文学論に共通する地平を「幼年期」への志向に見いだす、新鋭による果敢な読解。
作家、画家、音楽家、哲学者たちはなぜ破綻において自由となったのか。ランボー、アルトーらのはるかなる嫡子であり詩人思想家にして炸裂的な文学者がその営為のすべてを結晶させた思考のアラベスク。
1日目、イヴ・サンローランに蟻を描いた。
COVID-19の流行により渡仏が延期になり、
緊急事態宣言が発令された4月7日から、
家に閉じこもって毎日1作品を制作し続けた。
FENDIとのコラボなど世界で活躍する
アーティスト・小川貴一郎が、
45日間にわたって向き合い続けた芸術の記録。
========
芸術家とは、
自分自身の中から生み出されたものでしか、
自分を守ることはできない。
ーー小川貴一郎
========
*この本は英語と日本語の両方で書かれています。
This book is written in both English and Japanese.