あれから私たちを取り巻く世の中も変わっていき、父が鉄のために働いていた頃とは違って、規模の大きな製鉄会社も小さな鉄鋼所も縮小ぎみで、そのいくつかの火が消されつつあると新聞や情報誌などを読むと、なんだか心が痛んでならない。しかし、どんなに世の中が変わろうと父が拘わった鉄はこれからも重要な工業製品であり続け、未来の私たちを見守り、支えてくれるはずだ。
本作は、「鉄道」をテーマにした多様な作品で構成されるアンソロジーです。
日本で鉄道が開業したのは明治5年のこと。文明開化を象徴する存在でしたが、鉄道は次第に人々の日常へ溶け込んでいきます。
文豪たちも同様に鉄道に親しみ、詩や小説、紀行文などさまざまな文学作品が生み出されました。
横須賀駅から汽車に乗った「私」と同駅で慌ただしく乗り込んできた田舎娘のひと時を描いた芥川龍之介「蜜柑」、女学校を卒業し洋裁の勉強のために上京する娘の心情をつづる小川未明「汽車は走る」、同じ貨物機関車が轢殺事件を起こし続けるミステリー大阪圭吉「とむらい機関車」、鉄道に揺られ渓谷の絶景を活写する田山花袋「耶馬渓の一夜」……。
思わず旅に出たくなる、文豪たちが書いた13編を心ゆくまでお楽しみください。
黄金分割というのは、純粋に数学的に定義された概念である.簡単にいってしまえば、1:(1+√5)/2 という比率、すなわち、黄金比に分割することにすぎないのだが、これが数学的に見ても深く、また豊富な内容をもっているのである.本書にも、黄金分割をめぐる多様な数学的話題が数多く、ていねいに述べられている.
ところが、黄金分割は数学内部の問題にはとどまらない.われわれをとりまく自然の中のそこここに、黄金比とおぼしき比率が見え隠れするのである.植物にも動物にも、よく観察すればいろいろな場所に黄金分割を発見することができる.本書には、これらについても興味深い例が多数示されている.
これは、自然界に調和をもたらす、見えざる神の手によるものか? いや自然の合目的性か? それとも美の本質か? 自然界の奥底に数理を見ようとする西欧的精神はこれを見逃がしてはおかない.黄金分割は、古代ギリシャ、中世・近世ヨーロッパを通じ今日に至るまで、飽くことのない研究対象である.
このような観察からすれば、人の手による造形的創造に黄金分割を応用しようとする人が現われるのは当然である.黄金分割による建築上の作図法を構成する人もいる、黄金比に従って靴の木型を設計する人もいる、印刷面のレイアウトをする人もいる.…
さらに、黄金分割によれば、美を達成することができるという"信徒"も現われる."過去の巨匠は実は(こっそりと?)黄金分割をもちいたのだ.いや、美しいものの中には必ず黄金分割が隠れているのだ"と信じ切って、建築、絵画、彫刻、音楽、詩歌にそのしるしを探す熱狂的な人々は跡を絶たない.しかし、決め手はなかなか見つからない.だが、これはただの偶然か? 無意識か? 眉唾か? 黄金分割と聞いただけで攻撃的になる人々もいる.著者の一人ボイテルスパッヒャーはドイツ数学啓蒙家の第一人者であるが、このへんのところを冷静に、しかし興味深く記述している.
本書の読者のなかには、数学を好まない方々もおられよう.そのような方々には、まず第9章と第10章を読んでみることをお勧めしたい.細かい点はともかく、おおよその理解はできるだろうし、それだけでも、西欧的造形芸術に対する新しい視点を獲得することができよう.そのうえで、基礎的な積み上げの必要性を悟られ、第1章から読み始めて黄金分割とフィボナッチ数の関係などを知っていただければ幸いである.
紀元66-70年、パレスチナのユダヤ人たちはローマ帝国と戦った。だが、彼らにとってこの戦争の結末ほど悲劇的なものはなかった。聖性が宿ると信じられた都エルサレムと神殿を失ったにもかかわらず、彼らの神は沈黙したままだったからである。神の沈黙は彼らに神の再解釈を迫り、以後、ユダヤ人たちの運命は大きく変わった。2000年にわたる流浪の始まりとなったのだ。この戦争を克明に記録した本書は、古代キリスト教以来、現代に至るまで西欧社会の必読書であり、イエスの神性を保証するプルーフテクストとして機能してきた。第2巻は、ヨセフスが捕虜になり、ユダヤの民の不安と絶望の日々。
三年余に及んだ流転の旅から帰ってきた磐音を待ち受けるのはーー
長い旅の果て、坂崎磐音とおこんが、ついに江戸に戻ってきた。
江戸入府を阻止しようとする田沼一派の警戒を潜り抜け、かつて暮らした小梅村に辿り着いた磐音たちを待ち受けていたのは、今津屋が用意した思いもかけない再会の場だった。
万感の思いに浸る磐音。だが、殺意をまとった忍び集団が密かに迫っていた……。
田沼意次と新たな闘いが始まる!
『ドキドキ文芸部!』よりぬいぐるみが登場です。
ぬいぐるみキーチェーン モニカ
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旅の空にある磐音らの無事を祈りながら暮らす江戸の面々。
御典医の桂川甫周を妻のお有とともに訪ねた品川柳次郎は、
磐音から書状が届いたことを聞かされる。
しかし、その帰路、尚武館佐々木道場が
取り壊される現場を目の当たりにするのだった。
姥捨の郷で空也の成長を見守る磐音。
江戸帰還を決意し、その大きな障壁である
田沼一派の唐人刺客を倒すため、
迫る戦いに備えるが……。
戦後の引き揚げ、団地での子育ての苦悩、働き続けた日々、夫との別れ、そして老いの現在。レム睡眠の中で現れる「銀色の道」を歩きながら、人生の小箱を一つひとつ開いていく。後悔も、怒りも、悲しみも抱えたまま、それでもひたすら生きてきた。そして今、老いのまなざしで綴られる記憶の連なりは、読む者自身の人生を静かに照らし返す。生きるとは何かを問いかける、自伝的エッセイ。
空也誕生の地・姥捨の郷を救え!
一面銀世界の紀州姥捨の郷で、磐音とおこんは生まれたばかりの嫡男・空也を抱き、束の間の安息を得た。
だが、郷に暮らす雑賀衆が、生活の糧として守り続けてきた丹(水銀)の鉱脈を狙って、田沼意次が動き出す。
田沼に従うか否かーー紀伊藩内は、藩論を真っふたつにわけて対立する。
事態を憂う高野山奥之院副教導・室町光然に助力を乞われた磐音は、隠れ里を守るために立ち上がる!
80余りの名作建築を広大な敷地周辺と共に、木の葉や屋根の表情まで微細に再現した図集。敷地周辺図に占める建物図の割合を0.1%から50%へ徐々にズームアップし、地形図から詳細な間取りへと見せ所を変えながら、建物と敷地の関係を多様な広がりで捉え直した。見方のヒントとなる課題を解きながら新たな発想を得るワークブック。
年間3000回以上の公演に、300万人の観客を集める劇団四季が創立60周年を迎えました。
「セリフが美しくて、聞き取りやすい」というのが人気を支える大きな要因ですが、その秘密は「母音法」「呼吸法」「フレージング法」という三つの独自メソッドにあります。代表の浅利慶太さん自らが、それらの方法論を初公開、一般の人にも実践できるように解説したのが本書です。「母音法」では、喉、舌、口などの基本フォームを図解しながら、正しい発声法を説明します。次の「呼吸法」では、腹筋と背筋を使った腹式呼吸を学びます。お腹前方だけでなく腰の後方の膨らみを意識することが大切なのです。第三の「フレージング法」とは、「言葉をどこで切るべきか」を考える方法論で、スピーチやプレゼンテーションの場で効果大です。
美しい日本語を話すことは、あなたの第一印象を良くし、ビジネスやコミュニケーションの場で大きな武器となってくれることでしょう。
1999年のラスベガス。ソニーは絶頂期にあるように見えた。しかし、舞台上でCEOの出井伸之がお披露目した「ウォークマン」の次世代商品は、2つの部門がそれぞれ別個に開発した、2つの互換性のない商品だった。それはソニーの後の凋落を予告するものだった。
世界の金融システムがメルトダウンし、デジタル版ウォークマンの覇権をめぐる戦いでソニーがアップルに完敗し、ニューヨーク市役所が効率的に市民サービスを提供できない背景には、共通の原因がある。それは何かーー。謎かけのようなこの問いに、文化人類学者という特異な経歴を持つ、FT紙きってのジャーナリストが挑む。
企業であれ自治体であれ、高度に技術が発達している現代、あらゆる組織は「サイロ化」という罠に陥りがちである。分業化したそれぞれの部門が、それぞれの持つ情報や技術を部署の中だけでとどめてしまい、隣の部署とのあいだにも壁を作ってしまう。日本語では「タコツボ化」と呼ばれるこの現象は、どんな組織でも普遍的に存在するのだ。
経済学的な観点からすれば、身内での無駄な競争を生むような「サイロ」は、とにかく有害で無駄なものであるから、トップが「サイロ撲滅」の掛け声をかければ解決に向かう、と思いがちだ。ソニーの新しい経営者・ストリンガーも最初はそう考えた。しかし、彼は失敗した。壁は極めて強固で、一度できたサイロは容易には壊れない。
文化人類学者の視点を持つ著者は、「サイロ」が出来上がるには人間に普遍な原因があり、そのメカニズムを解き明かすところから始まる、と説く。人間に求められる技術が高度で専門的になればなるほど、サイロはむしろ必要とされるからだ。
人間は必ずサイロを作る、ならば、その利点を活用しつつ、その弊害を軽減する方法を探ろうとする画期的な論考が、本書である。