自然界の神秘的な美を体現する盆栽に心を奪われ、その技を極めるとともに、専門美術館まで建てた気鋭の盆栽家・小林國雄。その集大成となる、多数の盆栽を網羅した作品集。
ル・コルビュジエは評論家、画家、建築家という3つの顔を持っている。これらは不可分で、相互に影響し合ってル・コルビュジエという1つの人格を形成している。本書では、彼の3つの顔を総合的に捉え直すことで、動的なル・コルビュジエ像を炙り出し、総合芸術家としてのル・コルビュジエ誕生のプロセスを明らかにしている。
豪華絢爛、絶対王政の絶頂期、大世紀。“太陽王”のイメージは、戦争によっていかに創りだされたのか?わが国で初めて明らかにされる、その創造の秘密とメディアの力。貴重な図版など約160点収録。
日本を代表する現代美術家・会田誠による「犬」は、二〇一二年森美術館展覧会での撤去抗議をはじめ、数々の批判に晒されてきた。裸の少女の“残虐〞ともいえる絵を、会田はなぜ描いたのかーー? 作者が自作を解説することの禁を破り、動機、意図を初めて綴る。歴史を背負い、不完全な人間を表現することのジレンマ。ほぼ「遺書」ともいえる告白。
今日呼ばれている「芸術」とは一体何かー。「芸術」という概念は、「芸術家」「作品」「独創性」などの諸概念とともに近代ヨーロッパに誕生した。これは「美学」という近代的学問の成立とも連関している。本書は、バークやカントらのさまざまな理論をたどりながら、この芸術観の根底にある逆説ー自然と人為、伝統と革新などの価値が交叉するという逆説ーをさぐり、私たちがいまだその内部にとどまっている「近代的」芸術観の意義を明らかにする。美やアートに対する理解そのものに変容を迫る芸術の概念史。
ミューズ=画家と恋愛関係にあった美女、ではない。ポーズをとるだけの従属的な存在でもない。作品の製作にたずさわり、作家の方向性を決定づけ、美術史に残る名作を生み出す力となったミューズの真相と功績を解き明かす。
芸術至上主義や高級芸術の信奉者は,芸術は卑俗な生活と無縁で,特権的,永遠なものと考える.一方で,芸術は生活や医療・福祉に奉仕し,人間に幸せをもたらすものという考えも根強い.本書は,数度の「芸術と福祉」国際会議の経験をもとに,ウイリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ,アジアのガンジー主義,柳宗悦の民芸運動、セツルメント運動など,「人生や生活を幸せにする芸術」の流れを多方面から紹介する.
序 芸術家としての人間「ホモ・アルティフェクス」 (藤田治彦)
1イギリスに始まる動きー豊かさのなかの貧しさと芸術革命
ジョン・ラスキンの美術評論と社会思想 (川端康雄)
ウィリアム・モリスとアーツ・アンド・クラフツ運動 (藤田治彦)
「ホワイトチャペルの息子たち」 (横山千晶)
II 寄せる波・返す波ー国際的波及と新旧世界における高まり
フランク・ロイド・ライトと機械時代のアートとクラフト (藤田治彦)
ガンディーの紡ぎ車 (上羽陽子)
タゴールの学園と芸術 (藤田治彦)
バーナード・リーチとダーティントン・ホール (鈴木禎宏)
3 日本における「芸術と福祉」-私たちにとってのアート
セツルメントと生活芸術 (黒石いずみ)
農民美術と民藝運動 (藤田治彦)
新しき村と羅須地人協会 (川端康雄)
日本の福祉施設と芸術活動の現在 (服部正)
自閉症の人はなせ電車が好きなのか (奥平俊六)
これ1冊で今日から学べるテキスト&演習書。効率よく、短期で学べる20日間プログラム。基本から応用まで、「過去問」による実戦学習。
日本画家、洋画家、彫刻家、版画家など芸術家68名の年賀状255通を一挙公開。
高山辰雄と深い親交で結ばれた美術商・丸栄堂ならびに角川武蔵野ミュージアムの特別協力により、その秀逸なコレクションを通して高山芸術の軌跡を辿ることで、画家の内奥で醸成された深淵で雅趣に富んだ世界観とその魅力に迫ります。
美術史の再構築に向けて
芸術作品に内在する解釈への誘いに耳を傾け、作品を生成するさまざまな力の緊張関係を描き出すことで、美術史の知のあり方をダイナミックに再編する。シャピロ、レヴィ゠ストロース、バクサンドール、そしてクロウ自身の実践を通じて、芸術作品の知的探究が秘める可能性を解き明かす、もう一つの美術史への招待。
謝辞
第1章 芸術の知性
第2章 戦時下ニューヨークの象徴の森
第3章 星割れ、あるいは、終わりの感覚
第4章 犠牲と変形
註
索引
訳者あとがき
芸術はいかにして〈神〉となったのか。宗教に代わる新しい支配原理となっていった芸術の思想を、民族、歴史、文化などの問題とからめて論じていく。
芸術経験のインディビジュアリティを教育実践にどうつなげるか?
芸術経験は本来的に、個々人の美的感覚や想像力に依拠している。そのため芸術の教育は、教えないことで子どもの自由な表現を尊重するのか、教授目標として設定できる技術・知識を教えるのか、の二者択一論で展開されてきた。本書は、デューイの芸術哲学を出発点として20世紀前半からの芸術授業の展開を追うことでこの課題を再考し、二者択一を超えた新たな授業構成の枠組みと、オルタナティブな教育実践のあり方を示す。「美的経験」そのものを目指す授業へのパラダイム・シフトの方法を示唆した労作。