1:ギャラクシー〜銀河をこえて〜(クラッピングファンタジー第4番)
2:トワイライト〜夕暮れの街で〜(クラッピングファンタジー第5番)
3:ヘッドウィンド〜風に向かって進め〜(クラッピングファンタジー第6番)
4:楽しいマーチ(クラッピングファンタジー第7番)
5:にぎやかなおしゃべり(クラッピングファンタジー第8番)
6:小さな祭り(クラッピングファンタジー第9番)
7:■作曲者からのアドバイス
第165回芥川賞候補作
ある日、夫が風呂に入らなくなったことに気づいた衣津実。夫は水が臭くて体につくと痒くなると言い、入浴を拒み続ける。彼女はペットボトルの水で体をすすぐように命じるが、そのうち夫は雨が降ると外に出て濡れて帰ってくるように。そんなとき、夫の体臭が職場で話題になっていると義母から聞かされ、「夫婦の問題」だと責められる。夫は退職し、これを機に二人は、夫がこのところ川を求めて足繁く通っていた彼女の郷里に移住する。川で水浴びをするのが夫の日課となった。豪雨の日、河川増水の警報を聞いた衣津実は、夫の姿を探すがーー。
【著者略歴】
高瀬隼子(たかせ・じゅんこ)
1988年愛媛県生まれ。東京都在住。立命館大学文学部卒業。2019年「犬のかたちをしているもの」で第43回すばる文学賞を受賞。2020年に同作でデビュー。2022年『おいしいごはんが食べられますように』で第167回芥川賞、2024年『いい子のあくび』で第74回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。
音楽、演劇、詩、建築、彫刻に絵画。芸術作品とは、初めに構想(アイデア)があってそれを具現化したものだと私たちは考えがちだが、それは違うとアランは言う。では、どう考えるのか?戦火のなかで書きとめた『芸術の体系』に次ぐ、アランの斬新かつユニークな芸術論集。
環境、人間の知覚、芸術創造に通底する「肌理/テクスチャ」へのアプローチをとおして、環境のなかでモノゴトを鋭敏に「知覚する」ことと、それらを素材に新たなモノゴトを「創造する」こととがつねに往還をつづけるエコロジカルなプロセスを考察する。
M.C.エッシャー、ロブ・ゴンサルヴェス、ジョン・ラングドン、サンドロ・デル=プレーテ、イシュトヴァン・オロス、ヨス・デ・メイ、オクタビオ・オカンポ、北岡明佳、金井良太まで、古典的作品から複雑なグラフィック作品まで関連アートを網羅。
行進、曲芸、ダンスから絵画、音楽、建築、散文までー。人間が人間として日々を生きるということと、芸術活動や芸術作品のありかたを常に結びつけて考えたアラン。第一次世界大戦に従軍し、戦火の合い間に熱意と愛情をこめて芸術を考察し、のびのびと書き綴った芸術論。
芸術創造の長い歴史のうえで芸術の保護者たるパトロンの果たした役割は大きい。富と権力を誇るルネッサンスの王侯貴族や教会、新興の近代市民階級、コレクターや画商、現代の政府・企業。彼らは芸術のあり方にどんな影響を与えたのか?美術館や展覧会が登場した意味とは?社会的・経済的担い手とのかかわりに光をあてるユニークな美術史。
今、日本は他国とは違う独特の「寂しさ」「いらつき」「不安」に覆われている。終わりの見えない不況、アジア唯一の先進国からの転落と国力の衰退、そして戦前と同じく、産業構造の変革にともなう「精神(マインド)の構造改革」に再び失敗していること…などがその背景にある。
著者は2001年刊行の『芸術立国論』で「日本再生のカギは芸術文化立国をめざすところにある!」と提案した。
本書はその試みを現代に合わせてさらに進化させ、モノが飽和しコトの消費が求められる時代に芸術と観光が果たせる役割、社会的孤立を救うための文化による社会包摂の動き、教育や地方が実現可能な少子化対策など、日本の衰退をくい止める新しい処方箋を再提案する。
平田 オリザ (ひらた おりざ)
1962年、東京都生まれ。劇作家・演出家。芸術文化観光専門職大学学長、青森県立美術館館長。
1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞。著書に『名著入門 日本近代文学50選』『22世紀を見る君たちへ これからを生きるための「練習問題」』『但馬日記 演劇は町を変えたか』『下り坂をそろそろと下る』『対話のレッスン 日本人のためのコミュニケーション術』『新しい広場をつくる 市民芸術概論綱要』など多数。
世界のおとぎ話を彩ってきた名画や挿絵を紹介。
妖精・魔女・人魚・英雄など多彩なテーマを章立てで案内し、
図版と解説により奥深いおとぎ話の裏側を読み解く。
はじめに 07
妖精たち 11
自然といきもの 41
プリンセスとヒロイン 67
英雄と悪役 97
子どもと若者 119
魔女と危険な女たち 139
ドラゴン、悪魔、野獣 165
人魚 193
魔法の国 217
索引 236
図版クレジット 238
謝辞、主要参考文献 239
習慣として早朝の数時間、一日のうちいちばん「非社会的」な時間に書き続けられたというヴァレリーの言葉。
膨大な量のそれは人間の生の実相へと肉迫する。作品が装置であるとはどういうことか。時間と行為の関係とは? 詩が身体を解剖するとは?
ヴァレリーのテクストを丹念に読み込み、そこから描き出された芸術と身体と生の関係。
著者の美学・身体論の出発点となった記念碑的力作。解説・細馬宏通。
1 作品
第一章 装置としての作品
第二章 装置を作る
2 時間
第一章 形式としての「現在」
第二章 抵抗としての「持続」--注意をめぐって
第三章 行為の法則化ーーリズムをめぐって
3 身体
第一章 《主観的》な感覚
第二章 生理学
なぜ人は芸術に巨額を投じるのか。
なぜビジネスの最前線で、アートが求められるのか。
市場は何に反応をしているのか。
そして、芸術の真価とは何か。
「ベネッセアートサイト直島」のプロジェクトを成功に導き、金沢21世紀美術館館長、東京藝術大学大学美術館長を歴任。
アートの真価を問い続ける伝説の美術評論家が、アートを読み解くための「見取り図」を提示する。
AIがすべてを奪ってゆく時代だからこそ、アートに意味がある。
制作の回路を獲得せよ
生成AI全盛の今、みずからの手で制作することにはどんな意味があるのか──有機体やコンピュータなどさまざまなシステムを参照しながら、ある種のパターンが生成される仕組みを掘り下げる“レクチャー”と、ドローイングの実践から「制作知」を体得できる“ワーク”を収録、東大の人気授業を一冊に!
國分功一郎氏(哲学教師)推薦
「言葉が紡がれるとき、模様が描かれるとき、庭に石が置かれるとき、漫才が展開されるとき、映像がモンタージュされるとき、いったいそこでは何が起こっているのだろう。我々のまわりにある経験も出来事もあまりに謎めいている。謎はしかし解き明かされるべきものとしてある。アーティスト=研究者の村山悟郎は手と頭で考える。これはガイドブックではない。手動で(マニュアル)思考する最高の制作マニュアルだ。」
〈つくる〉ことを専門とする美大ではなく、比較文学比較文化、表象文化論や美学芸術学などを専攻する学生向けに東京大学で開講された「芸術制作論」(2024年度、総合文化研究科超域文化科学特別講義1)の授業をまるごと書籍化。
人間の制作行為(ポイエーシス)の時間性や創発性を探求するアーティストの村山悟郎が、「芸術制作とは何か? 制作においてはどのような事態が生じているのか?」という根本的な問いに正面から向き合い、哲学、文化人類学、生命科学、数理と計算機科学、精神医学、コミュニケーション、色彩、詩、庭園、迷路、映画、音楽、編集、細胞、貝殻模様、タンパク質、機械、ロボット、AI……など多様な領域を横断しながら制作知をめぐる旅を展開します。
ポイエーシスとは時間のなかで先の要素に応じて次の要素が産出されていくような自己生成的で創発的な制作のモードのこと。理論的なレクチャーと手を動かす実技的なワークを交互に行う授業を通して、そのプロセスを体験しながら芸術制作の謎を解き明かしていきます。多様な制作や創発のあり方に触れることで、〈つくる〉ことの豊かさに気づくことができるでしょう。
【本書のポイント】
・芸術制作の基本原理を探求する
・制作理論のレクチャーとドローイングのワークショップのセットから経験的な学びを得られる
・発想やコンセプトに基づく実践的制作(プラクシス)ではなく、手を動かすことで制作知(ポイエーシス)が生まれる創発的プロセスに着目
・さまざまな〈つくる〉に関心のある人に向けた、ものづくりの仕組みをつかめる内容
・AI時代における創造性について考える
幅広い読者を持つ代表的な芸術総合雑誌
裁縫を学ぶことの価値とはなにか、既製服が広まった現代では無用の長物なのか……。「良妻賢母」育成のための明治の裁縫教育は、新教育思想の影響と日本社会の変化により、大正〜昭和期に大きな変化を遂げる。自由学園の実践にひとつの可能性を見出しつつ、オルタナティブな教育史の豊かな鉱脈を再発見する。
序章 裁縫教育の「アート」化
一 問題の背景/二 裁縫教育の歴史像ー先行研究の検討/三 アートとしての裁縫ー課題と方法/四 本書の構成
第1部 裁縫教育の四つの改革
第1章 明治後期から大正期の裁縫教育における教育的価値づけの変化ードイツ新教育の受容との関連
一 はじめに/二 明治期の裁縫教育論/三 今村順子の裁縫教育論/四 「ドクトル・ライ」の筋肉運動主義/五 おわりに
第2章 一九三〇年代における成田順の洋裁教育論の再検討
一 はじめに/二 一九二〇年代における成田順の裁縫教育論/三 一九二〇年代末から一九三〇年代における成田順の裁縫教育論/四 おわりに
第3章 一九二〇年代から一九三〇年代における山本キクの「衣服科」構想ー「服装文化」への着目
一 はじめに/二 山本キクの「衣服科」構想/三 黒川喜太郎と酒井のぶ子の裁縫教育論/四 おわりに
第4章 一九三〇年代における本間良助の創造主義裁縫教育論ー創作主義図画教育論からの発展
一 はじめに/二 本間良助の創作主義図画教育/三 本間良助の創造主義裁縫教育/四 おわりに
第2部 アートとしての裁縫教育の可能性ー自由学園の裁縫教育実践
第5章 一九二〇年代から一九三〇年代における自由学園の美術工芸教育ー同時代の芸術運動と関連したファブリック・アート
一 はじめに/二 美術工芸教育の思想的背景/三 学園の美術工芸教育の展開/四 運動としての学園の美術工芸教育 /五 おわりに
第6章 一九二〇年代から一九三〇年代における自由学園の裁縫教育実践ー和裁と洋裁における生活合理化の実現
一 はじめに/二 羽仁もと子の衣生活に関する思想/三 自由学園の和裁教育/四 自由学園の洋裁教育/五 おわりに
第7章 一九三〇年代後半から一九四〇年代前半における自由学園の裁縫教育実践ー生活合理化運動と戦時体制の親和性
一 はじめに/二 合理化から工場化・労働化へ/三 戦時体制下における「美」の追求 /四 新たな衣生活スタイルの提案という役割/五 おわりに
終章 アートとしての裁縫教育
一 四つの裁縫教育改革/二 アートとしての裁縫教育実践ー自由学園の裁縫教育実践/三 本書の意義と示唆/四 今後の裁縫教育史研究における可能性