「国家と仏教」という視座から、新旧仏教を含めた中世仏教の全体像の再構築を試みる意欲作。10世紀から16世紀までの広い期間を展望することにより、その「中世」的特質を浮かび上がらせる。「中世の人々にとって仏教とは何だったのか」という問題意識を根底に置いた本書は、仏教を抽象的な思想のレベルで把える傾向に一石を投じるであろう。
第二次世界大戦後、わが国の服装は和服から洋服に変った。それは、「服装革命」といわれる変革であった。この推移は男女服装に共通の現象であるが、最も鮮明に変身したのは、女性の服装であった。婦人洋装は女性の特殊な社会性がからみ合って展開し、戦後急速に普及した。外来服装受容は、どのようなプロセスを辿ったか。それは歴史の進展にどうかかわり、現代女性にとって何を意味するのか。西洋服装が16世紀にわが国へもたらされてから、現代日本の服装となった歴史的変遷について、婦人洋装を中心に解明するのが、本書の課題である。
幕藩体制の中期以降、明治維新をへて士族反乱に至る時期を対象に、佐賀藩のもつ構造的特質とそこでの固有の矛盾を明らかにするとともに、それへの藩権力の対応形態、つまり藩政改革の諸段階を解明しながら、そうした内在的条件と外在的条件ーインパクトのなかで、西南雄藩として擡頭するに至る過程、および維新政府の成立とその矛盾の所産である士族反乱について総合的な解明を試みた。
1ねんじゅう、みどりのはっぱをつけている、みかんのきは、あたたかいところが、だいすきです。くだもののふるさとをたずねて、みかんばたけの1ねんを、いっしょにのぞいてみましょう。
この枝を切ったら樹はどう反応するか、この果実は残しておいたらどういう発育をするか。そういうことを来る年も来る年もくり返しながら、よい結果が出たら、それをきちっとした形にととのえて次に進む。そういうことの積み重ねとしてでき上がったのが予備枝せん定によるミカンつくりと呼ばれるものです。私の技術はけっして、カンや深い経験を必要とする篤農技術ではありません。ひととおり私のやり方を理解していただき、面倒がらずに実行していただければ、1、2年で確実に実績が出るはずです。
明治政府の殖産興業政策の推進者として知られる前田正名は、官を辞してからも「布衣の宰相」と称され、全国を隈なく行脚遊説し、輸出産業を主とする地方在来産業の育成・振興にその生涯を捧げ、近代日本経済史上に特異の光彩を放っている。本書は厖大な資料を駆使してその生涯と事蹟を克明に描いた力篇である。
ひよどりごえの坂落しに愛馬を背負って下ったと伝えられるほどの豪力で、しかも誠実、思いやりのある畠山重忠は、鎌倉武士の典型と称せられる。本書はひよどりごえの一件は否定するけれども、重忠に関するあらゆる史料を博捜し、その美談・挿話の数々を検討しつつ、時代背景時に鎌倉武士社会の中に見事に描き出した出色の伝。
儒学者・兵学者として素行の名は周く知られ、またその崇拝者も決して少なくない。しかし封建治下の素行の教学は果してどのようなものであったか、また山鹿流兵学の本質はどうであろうか。これらの歴史的評価は未だ充分なされたとはいえない。本書は著者多年の学殖を駆使し、素行の学問と、その人格に鋭いメスを加えた詳伝。
日本の考古学の研究にとって、北方文化と南島文化に視野をもつことは重要である。本巻は、これらの諸課題を中心とした。「学史的展望」の中の「南島古代の葬儀」は民俗学上の内容であるが、南島文化を知り、かつ葬・墓制を考える上にも貴重な文献なので紹介した。北方文化では、続縄文・擦文・オホーツク文化に触れ、アイヌ文化に及び、南島文化では、グスク論・隼人論をあつかった。
古代氏族・国司制の成立・戸籍・軍事制・蝦夷と交易など近時関心を集めている諸問題の再検討に加えて、摂関院政期の本朝意識・中世における国家権力と仏教の問題など清新な論考を満載した北大関係若手研究者の論文集。
近世の武家文書である豊臣氏と江戸幕府や大名文書、さらに外国関係文書に関する貴重な研究論文を収録する。近世は封建制が最高度に発展し、幕藩組織と法令が最も整備された時代である。支配関係の朱印状・法度・領知判物や役所文書と藩史料、外交・貿易文書などの内容を理解し、政治・外交の実態を知るためにもきわめて有益である。
江戸後期、折衷学派の儒者。病身の生涯ながら、農後国(大分県)日田に私塾咸宜園を開設、50余年にわたり、門弟2,900余名を育成するとともに、大村益次郎・高野長英ら、幕末の逸材を輩出した大教育者であり、詩人としても名高い。本書は、その教育の実態と特色とを中心に、新史料を駆使して生涯を詳述した、著者多年にわたる研究成果の結晶である。
明治文壇の大御所で、演劇改良運動を推進し、鴎外・漱石の師であった依田学海の尨大な日記は、なお未翻刻ながら、当時の文芸・歴史を知る上の宝庫とされているが、本書はそれとは別に、最近韓国で発見された彼の妾宅日記5冊(明治16〜32年)を収めた。著名文人・政治家に関する秘話が頗る多く、閨室の事にも及ぶ。原漢文に訓読文を併載した。