水銀およびその原料たる辰砂(朱砂、丹砂)は古来、金属精錬、鍍金、医薬、顔料、化粧品などに広く用いられた重要な金属資源である。奈良の大仏が大量の水銀を使って金鍍金されたのはつとに知られている。本書の原型である大著『丹生の研究』は、その水銀を歴史学の対象とする未曾有の試みだった。地名・神社名を史料として用いるという卓抜な発想と徹底的なフィールドワークによって解明される、古代の金属文化、日本ミイラの特異性、採鉱技術者集団とその信仰などは、きわめて示唆に富む。関連の深い論文「即身仏の秘密」、著者の人柄と学風をよく伝える回想「学問と私」を併載。
珍しく棉のような雪が静かに舞い降りる宵闇、一九四三年の満洲で梶と美千子の愛の物語がはじまる。植民地に生きる日本知識人の苦悶、良心と恐怖の葛藤、軍隊での暴力と屈辱、すべての愛と希望を濁流のように押し流す戦争…「魂の底揺れする迫力」と評された戦後文学の記念碑的傑作。
東京大空襲から奇跡の生還をとげ、戦後日本を勤勉実直な教師として生きた井上は、同時に、書壇も画壇も蹴飛ばし、常識を覆し、前衛書道も笑い飛ばす、一匹狼の書家でもあった。書に命を燃やす「型破りの凡人」像を描く。
芸者をやめたお文は、伊三次の長屋で念願の女房暮らしを始めるが、どこか気持ちが心許ない。そんな時、顔見知りの子供が犠牲になるむごい事件が起きてー。掏摸の直次郎は足を洗い、伊三次には弟子が出来る。そしてお文の中にも新しい命が。江戸の季節とともに人の生活も遷り変わる、人気捕物帖シリーズ第四弾。
天下にむかってはなばなしく起ち上った織田信長の家中に、ぼろぼろ伊右衛門とよばれる、うだつの上らない武士がいた。その彼に、賢くて美しい嫁がくるという…伊右衛門は妻千代の励ましを受けて、功名をめざして駈けてゆく。戦国時代、夫婦が手をとりあってついには土佐一国の大名の地位をえた山内一豊の痛快物語。全四冊。
木下藤吉郎(豊臣秀吉)の手についた伊右衛門の出世は、遅々としてならない。そして日の出の勢いだった織田家に転機がきた。信長が本能寺で斃されたのである。跡目をねらう諸将の中で、いち早くとび出したのは秀吉であった。伊右衛門にも運がむいてきた。四十歳を目の前にして、彼はやっと大名になった、わずか二万石の…。
「私、結婚するかもしれないから」「すごいね」。小六の慎は結婚をほのめかす母を冷静に見つめ、恋人らしき男とも適度にうまくやっていく。現実に立ち向う母を子供の皮膚感覚で描いた芥川賞受賞作と、大胆でかっこいい父の愛人・洋子さんとの共同生活を爽やかに綴った文学界新人賞受賞作「サイドカーに犬」を収録。
浅草寺の境内で娘が晴着を切られ、怪我をした。数日後、一緒に閻魔まいりに行った堀留小町といわれるほど器量良しの娘が殺される。表題作ほか、東吾の親友で、八丁堀同心の畝源三郎がめでたく祝言を迎えるまでの騒動を描いた人気作品「源三郎祝言」も含め全八篇。新たな登場人物も加わり、ますます好調のシリーズの新装版第十弾。
昭和三三年、五六歳の春から雑誌連載五年ー。昭和三八年夏に中断し、晩年には出版も禁じたベルグソン論。著者の遺志の告知のために、特に別巻として収録する。
二十六歳で渡仏、絵を燃やして暖をとる貧しい修業生活を経て、神秘的な「乳白色の肌」の裸婦像が絶賛を浴びる“エコール・ド・パリ”時代の栄光。一方故国日本では絵の正当な評価を得られぬ煩悶と失意から、やがてフランスに帰化、異郷に没した藤田。本書は一九四〇年以前に書かれた随筆から、厚いベールに包まれた画家の芸術と人生を明かす作品を精選、さらに未発表の貴重な二作を発掘収録する。
平凡な家庭を持つ刑務官の平穏な日常と、死を目前にした死刑囚の非日常を対比させ、死刑執行日に到るまでの担当刑務官、死刑囚の心の動きを緊迫感のある会話と硬質な文体で簡潔に綴る芥川賞受賞作「夏の流れ」、稲妻に染まるイヌワシを幻想的に描いた「稲妻の鳥」、ほかに「その日は船で」「雁風呂」「血と水の匂い」「夜は真夜中」「チャボと湖」など初期の代表作七篇を収録。
中国人労務者斬首に抵抗した梶は憲兵隊に捕われ、召集免除の特典を取り消された。軍隊内の過酷な秩序、初年兵に対する一方的な暴力、短い病院生活を経て梶はソ連国境に転戦。蛸壺に立てこもる日本兵にソ連戦車隊の轟音が迫る…消耗品として最前線に棄てられてなお人間であることの意味を問う戦後文学の巨編愈々佳境へ。
2004年、一つの法律がフランスを揺るがせた。宗教の信仰を強調するシンボルを、公立学校内で着用することを禁じた法律に対し、イスラム系移民が自分たちを標的にしていると猛反発、過激派がテロを予告する騒ぎとなったのだ。「自由・平等・友愛」がモットーであるはずの国で、なぜこのような法律ができたのか。その理由は、革命によって生まれたフランスという国の根本原理にかかわっていたーニュースを見ていて感じた疑問を、フランスの歴史・文化の理解へつなげる、面白くてわかりやすい歴史学入門。