絢爛たる栄華を誇った豊臣秀吉の天下がかたむきはじめた。かれに老耄の翳がさし、跡継ぎの秀頼はなお幼年の域を出ない。諸大名を掌握し、じりじりと擡頭してくる徳川家康に対して、秀吉は防戦にまわった。かれが死をむかえれば大波瀾はまぬがれぬであろう…。伊右衛門・千代の夫婦は二人して将来への道を必死に探し求める。
関ケ原決戦ー徳川方についた伊右衛門は、この華々しい戦でも前線へ投入されたわけではない。勝ち負けさえわからぬほど遠くにあって銃声と馬蹄の轟きを聞いていた。しかし、戦後の行賞ではなんと土佐二十四万石が…。そこには長曽我部の旧臣たちの烈しい抵抗が燃えさかっていた。戦国痛快物語完結篇。
激動の戦国時代に、織田信長という風雲児の妹に生まれたがため、またその比類なき美貌ゆえに、お市の方は激しく厳しい運命を生きる。近隣の国々を切り従え、天下を狙う兄・信長。その兄と対決せざるを得ない最愛の夫・浅井長政との日々加速する抗争のはざまに身を置き、お市は苦難にみちた生涯の一歩を踏み出したのである。
お市の方の兄である織田信長と、五年の月日を共に過ごし、四人の子まで授かった夫の浅井長政が、互いに裏切りあい、憎悪をあらわに激突した。お市は信長の天下への野望に共感しながらも、この兄の滅亡を願わずにはおられない。生き抜くためには親子兄弟でさえ争わねばならなかった戦国の世を、懸命に生きようとした女性の悲劇。
二十六日の月の出を待ち、一句ひねろうと、同好の士と目白不動へ出かけた俳諧師が川に浮かぶ。傍らに半紙にしたためた不出来な句が残っていた…表題作ほか、「牡丹屋敷の人々」「源三郎子守歌」「虫の音」など全八篇。大川端の旅篭を舞台に、女主人のるいと恋人・神林東吾、親友の八丁堀同心・畝源三郎たちが繰り広げる人情捕物帳。
厖大な未発表資料と綿密な取材によって、昭和初期の日本現代史の埋もれた事実に光をあてた不朽の労作が新装版で登場。政界に絡む事件の捜査中に起きた「石田検事の怪死」、部落問題を真正面から取り上げた「北原二等卒の直訴」、他に「陸軍機密費問題」「朴烈大逆事件」「芥川龍之介の死」など五篇を第一巻に収録。圧倒的な面白さ。
雑誌連載五年を経て中断、ついに刊行も禁じたベルグソン論…。著者の遺志の告知のために、特に別巻として収録する。併せて最晩年の雑誌連載、未完の正宗白鳥論ー。
北朝鮮・韓国ともに近代化に向けてじつは共通の苦闘を演じてきた。宗族を中核にした自分たち「ウリ」とそこから排除された他人たち「ナム」との間の深淵をどのように埋め、国民国家としての一体感を形成するのか?かたくなな「儒」の世界と大らかな「野」の世界に接点はあるのか?「恨(ハン)」はいかにして解けるのか?朝鮮文化の根底にある思考行動様式を、日常生活にさまざまに現れた具体的なエピソードを通して、初心の者のみが抱きうる素朴な疑問・関心をテコに、鮮やかに読み解いた、平明で奥深い朝鮮文化入門書。
「理性的な人なら誰にも疑えない、それほど確実な知識などあるのだろうか」。この書き出しで始まる本書は、近代哲学が繰りかえし取り組んできた諸問題を、これ以上なく明確に論じたものである。ここでは、分析的な態度を徹底しつつ、人間が直接認識しうる知識からそれを敷衍する手段を検討し、さらには哲学の限界やその価値までが語られていく。それはまさしく、20世紀哲学の主流をなす分析哲学の出発点でもあり、かつ、その将来を予見するものであったともいえよう。今日も読みつがれる哲学入門書の最高傑作。待望の新訳。
ソ連戦車隊が国境線を超えた。迎え撃つ日本軍部隊は壊滅。梶は辛うじて戦場を離脱、満洲の曠野を美千子をめざして逃避行を続ける。捕虜になるが脱走、彷徨する梶の上に雪は無心に舞い降りる。美千子よ、あとのなん百キロかを守ってくれ、祈ってくれ…非人間的世界を人間的に生きようと苦悩し、闘った男と女の波乱万丈の物語、三千枚ここに完結。
狂乱の日々を送り、民に恨みの声をあげさせていた父・武田信虎を追放して甲斐の国の主となった信玄は、信濃の国に怒涛の進撃をはじめた。諏訪頼重を甲斐に幽閉し小笠原長時を塩尻峠に破り、さらに村上義清を砥石城に攻略する。信玄は天下統一を夢みて、京都に上ろうと志す。雄大な構想で描く歴史小説の第一巻。
天才的な智略によって、信濃の国を平定した信玄の野望は、あくまでも京都に上って天下に号令することである。同じ野望の今川義元がまず上洛の軍を起すが、桶狭間の戦いで織田信長にはばまれる。信玄を牽制するのは越後の上杉謙信である。信玄はいまや謙信と宿命の対決を迎えようとしている。著者会心の歴史小説第二巻。
昭和四年、箱根のホテルで男がピストルを片手に握りしめ死体で発見される。頭部を弾丸が貫通。自殺かと思われたが…。当時の中国関係のキナ臭さ漂う「佐分利公使の怪死」、文豪の“妻譲渡事件”としてゴシップになった「潤一郎と春夫」、他に「満洲某重大事件」など昭和初期の世相を圧倒的な取材力で描いた松本清張の代表作。
途方もない借金を背負う若夫婦が、貧しい暮らしの中で追いかける大きな夢。どうか、今年こそー。著者の原点を描いてオール読物新人賞を受賞した表題作他、四篇。武家社会の心意気、商人の気概。誠を尽くせば、身分の差を越えて人は分かりあうことができる。生きる力と明日への希望を与えてくれる感動の傑作集。
絵画は美しいのみならず、描かれた時代の思想・宗教観を密かに映し出している。ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天井画、レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』、デューラーの『メレンコリア』、ジョルジョーネの『テンペスタ(嵐)』。世界の名画のなかでもとくに謎に満ちたこれらの作品から、絵画の隠された謎をさぐる。画家が本当に描きたかったのは何か、何に託してその意図を伝えたか?美術研究の成果を存分に駆使しながら、絵画に描かれた思想や意味を鮮やかに読み解くスリリングで楽しい美術史入門。
日本の美を貫くモチーフはなにか。『奇想の系譜』でセンセーションを巻き起こした当代一の美術史家が、縄文土器以来の歴史を渉猟しつつ、日本美術の独創的なおもしろさを掬いとり、その源泉を探る。をこ絵、絵巻、屏風絵から若冲、白隠、写楽、北斎の作品まで、そこに伏流する日本人の好奇心、奔放で闊達な「あそび」の精神、現世を金色の浄土に変化させる「かざり」への情熱を縦横に論じる。奇想から花開く鮮烈で不思議な美の世界へ読者をいざなう、刺激的な日本美術案内。
批評とは、無私を得る道であるー。ひとすじに八十年、小林秀雄はこの道を歩いた。ここにその折々の同行諸氏の追想・随想23篇。読者に、最良の道しるべ…。
“ゴットハルトは、わたしという粘膜に炎症を起こさせた”ヨーロッパの中央に横たわる巨大な山塊ゴットハルト。暗く長いトンネルの旅を“聖人のお腹”を通り抜ける陶酔と感じる「わたし」の微妙な身体感覚を詩的メタファーを秘めた文体で描く表題作他二篇。日独両言語で創作する著者は、国・文明・性など既成の領域を軽々と越境、変幻する言葉のマジックが奔放な詩的イメージを紡ぎ出す。