秋の夕暮れ。乳母のために花を摘もうとする夏樹に声をかけてきたのは、憂いに沈むかぐや姫のような風情の美少女だった。名前や素性も聞き出せぬままに立ち去る後ろ姿を見送ったが、それ以来、彼女のことが頭から離れないー。しかし、都では盗賊「俤丸」が跋扈し、宮中では物の怪が何度も目撃されていた。野分の風の荒れる夜、お忍びの物の怪退治に出た帝と夏樹の前に出現した物の怪。一条の協力を得て、なんとか退治したその死骸からは一匹のヒキガエルが這い出してきた…。
大災害は「戦争」である。無防備国家・日本にひそむ危機の本質。
縞の合羽に三度笠、軒下三寸借り受けての仁義旅ー舞台、映画、歌でもおなじみの〈股旅もの〉。しかし、ここに収めた八編は単なるやくざのアクション・ドラマを越えた人間の物語だ。「股旅者も、武士も、町人も、姿こそ違え、同じ血を打っている人間であることに変りはない」。義理と人情のしがらみ、法の外に打ち捨てられた渡世人の意地と哀愁にそそぐ温かいまなざし。庶民派作家の真骨頂がここにある。
常陸の君は将門の娘・滝夜叉だった。姉・七綾や弟・良門とともに、父の怨みを晴らすため、都にやってきたのだ。だが、夏樹と一条の活躍で、帝の襲撃は失敗に終わり、東国へ戻っていった。傷心の夏樹は、帝から「滝夜叉の本心を探れ」という密命を受け、ひとり旅立つことに…。話を聞いた深雪は滝夜叉の残した釵子に想いを込めて夏樹の無事を祈る。友の危機を察知した一条は逢坂の関に先回りし、強引に同行する。そして途中の相模の国で、物の怪の出る山があるという噂を聞いた。
深雪に文を送る者が現れた。自分と交流のある、ちょっと変な人物と言われても、夏樹には思いあたらない。文使いに来たかわいらしい少年・真角の話から彼の兄の賀茂の権博士だったと知った夏樹は、好奇心もあって、権博士の真意をそれとなく探ってほしい、という深雪の依頼を引き受ける。一方、都の魔所のひとつ、河原の院を一夜の宿とした旅の夫婦が、鬼と遭遇し、妻の方が血を吸いつくされて殺された。残された夫は弘季の親友。彼に頼まれ、夏樹は河原の院の鬼退治に同行する。
「運命の出会い」を求め、夜の平安京をお忍びで歩くのが帝の息抜き。病気の上司にかわり、今夜は夏樹がお供を務めた。見事な藤の花が咲く家で人違いの招きを受けた帝は、夏樹の制止も聞かずに応じてしまう。そこで出逢ったのが藤香姫だった。翌日、その家は藤の木もろとも消えてしまい、夏樹は藤香を捜して都中をさまよう羽目に…。そして、春の柔らかな朧月の下、ひとりでに動き回る牛車を目撃。その直後、一条にも負けない美少年・馨が夜盗に襲われているのを助けるがー。
“イーハトーブ写真集”がついにシリーズ化。大自然の深淵に共鳴する賢治の祈りの声が今、鮮やかによみがえる。夏でも底に冷たさをもつ青い空。