戦後世代の大東亜戦争論として論壇に新鮮な衝撃を与えた話題作を初めとして、日本人なるが故に自己断罪し、「国際化」を呼ぶその逆説的な構造を解明した力作評論集。
1ねん1くみ1とうしょうって、だれのことかわかる?くろさわくん!くろさわくんがはしると、かぜがおきるんだ、ビューっとね。ぼくはいつもびり。だけど、こんどぼくはくろさわくんにぴったりくっついて、2とうしょう!
本書記載のデータおよび写真は1986年2月(第1回調査)、1988年4月(第2回調査)現在のものです。
「ぜーったい、サリーはわたさないっ」。けがをした野生の鳥を連れ帰った少年をまっていたのは…。すぐれたユーモアと、おどろくべきドンデン返し。
家出、行乞、借金、空腹、放浪、小銭稼ぎ、共同生活etc。貧乏はいうまでもない辛いことである。だが、文章に書かれた貧乏は楽しい。その楽しさにひたっていると、それに勝るものはないと思ってしまうー。人々の心の奥に潜む、そこはかとない貧乏への憧憬の気持ちを、優しくくすぐる11人。
電球のあの、いまにも割れそうな薄いガラスの中には何が入っているのだろう?もしかして、地球からずーっと離れた宇宙の空間が入っているのかも。学校で、道路で、台所や机の上でおつきあいしたいろいろな物たち。物の中には何かが隠されているような気がする…。そんな“赤瀬川少年”が謎を追う。
戦後50年を目前にした今日、「大国」化に伴う新たな改憲論も台頭し、憲法をめぐる状況はますます厳しさを増している。天皇、戦争放棄、議会制、基本的人権等の主要な論点に即して、規範と現実が乖離する実態を明らかにする。
異常な暑さが続く平安京。雨を願う人々の期待を集めて、神泉苑の雨乞い合戦が行われた。一条の師であり、弘徽殿の女御の推薦を受けた陰陽師・賀茂の権博士が、承香殿の女御が推す密教僧・照覚とその技を競い合うという。だが、ふたりとも雨を降らせることはできなかった。なぜなら、この日照りは普通のものではなく、魃鬼という妖怪によってもたらされたものだったのだ。そんなとき、逃げ出した魂を連れ戻すため、馬頭鬼のあおえが冥府から再びやってきて、夏樹の前に現れた…。
情熱のパスタ、赤いフェラーリ、ヴェネツィアの幻想…。生活、食卓、季節、そして人々の素顔。不思議で愉快で愛すべきイタリアへの招待状。