平安時代から戦国時代までの著名な約100日記について、記主・記名・伝来と現状・内容と特徴・刊本の5項目を立て解説したもの。巻頭で「古記録とは」「日記と暦」等により古記録概観を述べ、巻末付録として「古記録用語略解」「公家官制表」その他を付す。
直江が高耶に『事実』を告げる時が来た。ごまかそうとして黙っていたわけではない。これから明かそうとすることが、高耶からどれほどのものを奪うかと思うと、言いだせなかったのだ。「あなたに、魂の終わりが近づいています」容赦ないほどに、冷酷なほどに、直江は事実を語り続ける。間近に迫る魂核爆発死を告げられ、高耶は最後の決断を迫られるが…。
19世紀日本の各地で澎湃として起こった歴史的遺蹟の発掘や考証、記念碑建立の活発な動きを検討することによって、近代の史蹟空間を作り上げた歴史的想像力と文化構造の特質を明らかにした労作。
本書は保育の現場で保育の方法を考えたり、援助の在り方を見直したり、保育の計画として「保育計画」や「指導計画」の結びつきや立案、それらの記入に際して悩むことが多いという保育者からの声に応えようとして、日本保育協会刊行の『保育界』の中にあるシリーズ「ほいくの基本とは」に1992年10月号〜98年4月号まで掲載してある文章をまとめたものです。保育の方法から保育の計画、また障害児の保育を含めて具体的な事例を中心にまとめてあります。さらに毎日の保育が終わった時に「何を大切に記録したらよいか」といった評価、反省についても記述しています。
1948年に起こった在日韓国・朝鮮の人々の「阪神教育闘争」。50周年を記念して行われたこの問題に関するシンポジウムを、わかりやすく再録。
「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」の運動はどのように展開し何を創りだしたか。ウーマンリブのラディカルな意識変革に共感し性差別社会の変革を目指して戦った熱い想いの女たちによる迫真のドキュメント。
『哲学者の書』はなぜ幻の書で終わったか。1870年代後半の思想的転回を追究し、古典的で健康な人間の「強さのペシミズム」と近代ロマン主義的な「下降としてのペシミズム」の間で「自由なる精神」を模索するニーチェの思想営為を照射する。研究の刷新を目指す意欲策。
総攻撃の時が来た。高耶と赤鯨衆の船団は「国崩し」を擁し宇和島湾の防備の突破を図り、陸上軍も必死に宇和島を目指していた。迎え打つ宇和島城内には、復讐の鬼と化した伊達政宗と、裂命星の欠片を手にした信長の操り人形・小次郎。村上水軍も伊達の援軍として南下を開始する。高野山が送り込んだ「黒の僧兵」。霊場結界の破壊に動く「山神」たち…。ついに『怨讐の門』完結。
作者とその実母ハム、そして親友のトゥーリッキと猫のプシプシーナ。トーベあるいはムーミン物語の読者におなじみのそれぞれが、四方に水平線しかない小さな離れ孤島で、悠々とマイペースに、気ままな自然の魅力とともに暮らす。通算80年にわたる島暮らしのプロフェッショナルみずからが描く、作家の知られざる日常。
本書は、十九世紀ロシア正教会の司祭が自ら筆をとり、当時の農村における聖職者の貧窮、家庭生活の不幸、精神的堕落、神学校や教会内部での賄賂のやりとり、聖職売買、聖職者や農民らの飲酒の習慣、高位聖職者たちの飽くなき権力欲と物欲、神学校の実態などを生々しく描きだしたきわめて珍しい記録である。
ゆっくり歩きました1400キロ、ゆっくり読んでください。写真多数ガイド情報満載。
人生の途上では、さまざまな風が吹く。悩みがあり、苦しみがあり、悲しみがある。しかし、それを受けとめるあなたの心しだいで、その姿も異なり、今までと違う世界が開け、新しい自分と出会える。人生の花を咲かせ、ゆるぎない幸せを掴むためにはどうすればいいかー。仕事で、恋愛で、家庭で何かにぶつかったとき、心に染みる45話。
一年半前、四国を襲った謎の大停電ーそれと時を同じくするように、日本各地に奇妙な症候群が発生し始めた。どうやら、コンピュータが関係した病のようなのだが、その患者は増えるばかり。いったい何が…。-戦国時代に端を発し、長野・松本で我々の前に姿を現した壮大な物語。各地にちらばるその関係者の運命を巻き込んで、巨きな輪が回り始めた。いよいよ、舞台は全国へ。
調査と修復の中心的役割を果して、生涯の大半を桂離宮に関わった著者の詳細且つ精確な記述と大修復過程の貴重な写真多数による桂離宮の全貌。