「ジョーと一緒にいると、それだけですべてが違って見える気がした」コネチカット州イーストンの自然に育まれた、かつての少年ジョーとぼく。二人のあいだを流れた豊潤な時間の物語。
パリ大学ナンテール分校を発火点とし、全土に拡がっていった「5月」。支配・管理の構造を解体しようとする運動と、これを維持し温存しようとする体制との攻防を軸に、貴重な証言と資料を交え、その全貌を明らかにする。
「いつからだろう、手足の動きがおぼつかない…」これが全身の運動神経を侵し、呼吸機能さえ奪い去る病の始まりだった。発病から10年、言葉を失い、人工呼吸器を着け、寝たきりになっても、なお生きる意志を強く訴え続けるヒューマン・ドキュメント。
私の中のブント史は、まだ終わっていない…。1960年の青春。
本書は、激動した終戦前後二年間の“国民学校”(現小学校)の記録で、1972(昭和47)年、朝日新聞社から『あゝ国民学校』として出版されたものの再版である。
儒教、革命プロパガンダ、国家体制、市場経済の流入…。さまざまな苦難のなか、芸術の独立のために闘う人びと。天安門事件の失望と恐怖が冷めやらぬ、北京の芸術村に集まった若者の息づかいと、モダンアーティストたちの軌跡を描き出す。
そしてゴングは鳴った鍛え抜かれた男たちの夢の舞台。格闘技に賭けたひたむきな青春。
8月29日、大阪ドーム。辰吉丈一郎はリングまで敷かれた緋色の長い花道を歩む。そのとき、胸中にはいかなる思いが駆け巡るのか。男は人生のすべてを賭けた戦いに挑んだ。
派遣教師1名。思わぬ若き校長として奔走する日々。クロス・カリキュラムの実践など授業改革に取り組み、山積する補習校の課題を浮き彫りにした貴重な体験記。
行為の継続を通じて自己そのものを創り出す-オートポイエーシス。この従来の科学・思想とはまったく異なる21世紀の経験科学を、キーワード形式でやさしく、かつ、その後の展開も十分取り入れて書き直した、待望のヴァージョンアップ版。
著者は、教師になって一七年、そのうちの六年を障害児学級担任として過ごし、現在は、一年間の長期研修の機会を得て、障害児教育について大学での研究を終えたところ。本書では、学校という舞台のなかで悪戦苦闘している著者の思いや実践、また、大学で研究してきた内容について綴ったもの。
無言電話に怒り、援助交際に潜む無気力を看破し、孫のためのおとぎ話を読んで昔との解釈の差に愕然とする。どえらい女「サッチー」のテレビ番組に興奮し学校の荒廃に心を痛めるー。世を憂い、嘆き、そして怒る。それが私の老いの楽しみかもしれない。必殺仕置ばあさんの痛快な一撃。これまでの生き方がものをいうのが老後である。
「いつまでも若々しく、美しく、健康でありたい」という願いはいつの時代にも変わらないものです。しかし、私たちをとり巻く環境は年々悪化し、それに比例するかのように生活習慣病などにかかる人の割合も増加の一途をたどっています。このような時代にあって、私たちが健康を守り続けるには、いったい何に注意し、何を心がけたら良いのでしょうか?その答えのすべてがこの本の中にあります。
「あしたも生きてね」そう願いながら看病を続けた1年間。夫の胃癌発見、告知から逝去まで夫婦で人生を見つめた日々を綴った心の記録。
「自分を含め人を愛することが詩だ」といいきる著者の詩集。えらぶことばが洗練され、よく吟味されている。長い道程を辿る過程で身につけた、「むずかしいこともやさしいことばで告げる」「そのやさしいことばに、ふくらみと香りをもたせる」という温かい技法が、大きくものをいい、ひとつの区切りに達した重みを感じさせる。
かつて日本社会には、こんなにも多様な「道や街の芸能」があった!大道・門付け芸、浪花節、旅僧、そして一条さゆり…。1970年代、絶賛を浴びた伝説的な22枚のLP「小沢昭一のドキュメント日本の放浪芸」の制作者が、CD復活を機に、全国を駆け巡った探索の「旅」を刻みこみ、私たちが何を失い、どこへ向かおうとしているのかを問いかける。日本人の心のひだを追いつづけるドキュメンタリー制作者、入魂のノンフィクション。
いまを時めくベンチャーキャピタルとは一体どういう存在なのか。この業界につきまとう、どうしても拭いきれないいかがわしさの正体とは。起業家社長がベンチャーキャピタルの実体を生々しく描いた緊急の一書!すべての起業家、金融関係者、ビジネスマン、そして学生も必読の迫真レポート。
二度の脳卒中から蘇った著者は、どんな運命を背負おうとも、勇気と希望さえあれば価値ある人生が送れるということを教えてくれました。彼女は、天から賜った“希望”という名の恵みを、周りの人々にあり余るほど与えてくれるのです。