なぎなたは一生かけて学んでいく道です。稽古しないで良い先生なんて、誰もいません。むしろ、指導者こそ、日々の弛まぬ稽古、精進が必要なのです。著者を含め、なぎなたに関わる者は全て、その発展、隆盛を望んでいます。著者のなぎなた人生を記した、本書は、これからのなぎなたをより良く導くための一助になるでしょう。
武術がその本来の目的から離れ、独自の意味と内容を持った武芸として成立したのは近世初頭の頃である。その代表的なものに柳生新陰流がある。この流派が示す修行の目的は「機(気)を見る心」の養成である。近世武芸論では、おおむねこのような「気」を中心課題としている。果たして「気」とは何なのか。武道を通じてそのような「気」を身読することが、著者の当面の課題である。そのような「気」をテーマとした武の世界を素描してみたい。
本書は、武道が子どもの心と体の発達にとってどのような意味を持つかについて、発達心理学と臨床心理学の立場から書かれてある。同時に、現代の子どもの心をどのように理解し、武道指導においてはどのようなことに留意すべきかについて、児童心理・青年心理のカウンセリングの立場からも書かれている。
本書は、武道伝書の文意をただ読解するだけではなく、実際の武道実践や現代の教育問題、あるいは社会問題等と関係づけて、できるだけわかりやすく読み解くものである。二部から成り、第一部では、武道伝書を読む前提として、まず芸能の修業のうちに「道」という終生修行の伝統を確立した世阿弥の能楽論『風姿花伝』を採り上げた。第二部は、剣術以外の柔術、弓術、槍術、薙刀の思想を概観し、そのなかから若干の伝書を採り上げ解説する。
この混迷の時代・社会において、「武道」が果たすべき大きな役割とは「様々な困難を乗り越え切り開く道具を持って、人生を雄々しく歩んでいく」という前向きの人生姿勢を、一人ひとりに、そして社会全体に取り戻すことにあるのではないでしょうか。