高校生の頃、ヒッチハイクで日本縦断をしている中で、偶然にも倉本聰氏が主催する「富良野塾」の公演を現地で観たことがある。振り返ると自分は「なんで演劇という世界に身を投じなかったのか」という疑問を持って生きていたんだけど、「圧倒的に怖かったからだ」と倉本氏の訃報を聞いて、思い出した。理由は、倉本氏が主催していた富良野塾は脚本家や役者を目指す若者が2年間農業をしながら、演劇を学ぶ場だったんだけど、多くの人がボロボロになっていたからだ。それだけでなく、若い自分にとって、倉本氏は人間の弱さや情けなさ、日本社会で生きることの苦労、惨めさを直に突きつけてくる怖い大人の作家だった。しかし、それは実際の人生よりもはるかに優しく、だからこそ人生は豊かで温かく素晴らしいものなのだと気づき理解するには、大人になっても時間がかかった。というわけで、ご冥福をお祈りしたい。
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