ニコ動におけるTHE IDOLM@STERの天海 春香惡人説に共感していた生き物である。
それを楽しんでいた私としては、どうぶつの森など他の作品のキャラの裏の顔を
語る動画をyoutubeでやっている人にも共感している。
運営が語らない闇って深いようにも思える。
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ヒトコトのことを語る
ヒトコトのことを語る
私も現在の政権に批判的ではあるし、右や保守のやり方に不安がある。
でも、鳥などの「右翼は危険だ。」、「保守が言論の自由を脅かしている。」
みたいな言葉を聞くと、自分たちの力では何もできない怖い
みたいな感情が強くなってしまう。それこそ右や保守への
不安や恐怖を増大させてしまっている感じが嫌であんまり政治のことを考えないようにしている。
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また、母親に怒られた。
今回のことは、自分が見つかって恥ずかしいと思われるものを
「こんなものをもらったんだ。」
と母親に言われたからだ。
「また、怒るんだろう。」
と言ったら、お前の被害妄想だ。
お前は卑怯だと言われる。
毎度毎度学習しないし、卑怯な自分を悲しくなるし、母親も自分なんて生まれるべきではない
と考えるときだってある。
この前も母親にめちゃめちゃ怒られたときある人に話したとき、
「人に影でコソコソいう人とは暮らしたくない。」
と言われても今日も言われている。
母親の言葉には
「お前なんて死んでしまえ。」
と言われている感じがしてしまう。
僕だって言いたくない。また母親がお前は卑怯だお前なんて死んでしまえって言うから。
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私も右や保守に不安を持っている人間だが、右を殊更に恐れる論調ばかりで
天皇制や右や保守の遣り過ぎに恐怖や不安ばかりをつのらせた言葉ばかりはいている。
他にやり方はないのかな。私がTwitterをmixiのスペースに貼るツールにしていて、
些か恐怖から逃れるケースが増えた。右からも左からも。
それとアジア映画や音楽に関心のある人々は、ネットが普及する前から
日本の流行と欧米の流行だけで構成されている日本の世間のせいにしたがる
人が多い。アジアの映画や音楽が好きだけれども、こういった人から距離をおいたほうが
自分の為だなと思っている。
私の家族もアジアの映画や音楽にはいい顔をしない昔の日本と欧米の比較でものを済ましている
人が多いのも興味ないフリをしている。
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nyでも、プエルトリコ人とポーランド人が対立して住んでいる街がある一方、
プエルトリコ人とポーランド人が共存している街がある。
いつも思うのだが、プエルトリコ人とポーランド人が対立して住んでいる街の人々は
プエルトリコ人とポーランド人が共存している街の心を知らない。
「ウェスト・サイド・ストーリー」と「RENT」という2つのミュージカルが
成立した背景ってそんなところにありそうだ。
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本当を言うと、のらりくらり交わしながら生きていきたいけれども、
ネット、特にツイッターで私淑している人は、
安倍が恐怖政治を送っているとか、あるいは、ゴリゴリの安倍支持者になって、韓国や中国を
叩いている。それを見て、なにか怖くなっていく。
しばしば、安倍が国民の自由を奪っているというが、その後どうなるのか。
安倍のあとは僕たちは。
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昨夜nhk-bsの「美の壺」の後の時間にある時代劇「鳴門秘帖」が
映った時、母親が嫌(いや)みったらしい表情で
変えてという。これになにかいうと母親が「好みの問題」という
万能の言葉で、すぐ自分を守ろうとする。
僕もすんなり変えたけれども、
なんで、「自分もすんなり変えたんだろう。」という気持ちのほうが強かった。
同様な場合は韓流・亜州電影路線がテレビ画面で写ったときや2時間ドラマ
が写ったときもあった。
その時も母親が拒絶した。
僕自身母親に迷惑かけてばかりだったので、こういう母親の世界のおしつけや
共感を強いる世界には従ったほうがいいだろうと…[全文を見る]
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私の母は、天皇制、ロシア、日本共産党とかが嫌いだけれども人に嫌惡を与える
個体よりも、母親が言う、「アメリカの豊かさ・憧れる」みたいな光の感情、
ポジティブに思う感情にすごい深い闇を感じる。
ポジティブに思う感情の方が深い闇に陥らせてしまうものがあるんだな。
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はてなハイクで古代ギリシャ文明の後繼者はイスラム文明だという言葉を聞いた。
「なるほど」
と思いました。
これにあるように、何十年か前、何百年か前、何千か前、
文化や文明を一世を風靡する場所の後繼者は、思ってもいないようなやつに
どこか遠い場所で継承している可能性だって大きいんだよね。
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アカデミー賞を受賞した韓国のポン・ジュノの「パラサイト」だけれども、
彼の存在は、「殺人の追憶」という企画の時代からなんとなく知っていた。
彼の年齢は、クドカンと同じくらいなのかそれとも三谷幸喜と同じくらいなのか、
知りたくもあり知りたくなくもあり。
私も韓国は苦手かもしれない。
だけれども、ポン・ジュノをクドカンや三谷幸喜に例えるならば、
彼の前の「韓国の倉本聰、山田太一」みたいなプロデューサーや脚本家が存在しそうだし、
ポン・ジュノを宮崎駿や高畑勲に例えるならば、並行してスタッフとして名前を売った
「韓国の天野喜孝、大河原邦男、安彦良和」みたいな人もいそうだよな。
そんな韓国サブカル世界が漂ってくる。
残念だけれども、嫌いなやつがいい仕事をして、思い入れが存在してなおかつ好きなやつが
全く働かない動かないことがあるなと、今回のアカデミー賞で考えた。
はてなハイクでは、このぐらいで発言を止めておく。
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1990年代から2000年代の初めないしは半ばの
再放送だけれども、nhkの朝ドラや大河がそうであるように、本放送のリアタイ企画の
日をおいた再放送か、民放の放映終了から1ヶ月/1年ぐらいの比較的最近の 企画の再放送が主流だったように思う。
1980年代のテレ東や現在のtvkやmxみたく、放映終了から10~30年した
企画の再放送って「円盤/ビデオ/csで見てくれ。」
みたいな空気が今より強かった
と思う。
地上波テレビでやっているからみんなサラッと見ちゃうんだよね。
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インターネットがテレビを陵駕するみたいな思想が数年前
言われ続けていたが、
地方のtv局、地方紙、独立u局などが情報をインターネットの
大口サーバーにリークしている情報を見ていると、
なんだかインターネットがすべてを変えるようには思えない。
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現在tvkの再放送ドラマをよく見ているんだけれども、自分の知らない時代や、リアルタイム
なんだけれども熱心な視聴者じゃなかった生き物の後追いの応援などをしている。
現在のtvk行動自体、 再放送の内容が 1980年代のテレ東が、しばしば1960/70年代のアニメを 夕方再放送している行動に近い。
アニメ特撮と、現行の朝ドラや日9に視聴者層が近い大きいお友達向きドラマではジャンルは違う けれども、行動がかつてのテレ東と被ってしまうな。
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昔何かの番組で、イ・ビョンホン特集を組んでいたのだが、
新聞の番組表をみて
「お母さんxxの番組楽しみだね。」
と、私が言うと
「きょうはイ・ビョンホン特集だよ。」
と嫌味ったらしく聞こえる言葉を吐いた。
母親は韓流・冬ソナ以前、ムトゥなど韓国やインドといったアジアの映画に嫌味を
浴びせかけることが多かった。昨今多い反韓・反中的な思想じゃなくて、
「貧しい亞細亞なんて関心を見せるものか。」
という思考停止の昔の日本人の思想でもとを考える部分がある人だ。
母親の頭の中にあるのは
「歐米のサブカルvs日本のサブカル」
という一昔前の日本人が考えそうな部分で時間が止まっていて、亜洲電影はムトゥや冬ソナが
話題になる以前から嫌いだった。
私がムトゥとかイ・ビョンホンが所属している同心圓上の亞細亞に興味を持った背景は
親世代の「アメリカの豊かさ・憧れ」が全く感じなかったからなんだよね。
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かつてはてなハイクに存在した
「みんな好きだけれども俺は嫌い」
という項目になるんだろうけれども、
私はどうも鉄道ヲタクの心が理解できない。
男だからそうならなきゃいけないみたいな心理があって悲しい。
同様な気持ちで、戰國時代が好きな男も苦手な部分がある。
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ネットサーフィンをしていて、「ラテン・アメリカの派手な部分を見ていると、
ニューヨークはつまらなく思えた。」
というブログの記述を見つけた。
これってある一定より下の世代の表現だなと思った。
ある一定より上の世代は、
「あんなLatin Americaみたいな発展途上国より光のニューヨークに憧れる。」
いってはばからない人が結構いるからなぁ。
僕は「ラテン・アメリカの派手な部分を見ていると、
ニューヨークはつまらなく思えた。」
という人に共感するな。
母親のニューヨークに憧れや豊かさを見出そうとする考えに共感できず、
憧れや豊かさという言葉が嫌いになろうとしているから。
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嵐が今年で解散。
これを契機に、ジャニーズが衰退・後退する可能性もある。
男性アイドルだけれども
しかし、ジャニーズ以外を見回してもldh/k-popが志向している、生前のジャニー喜多川以来の
集団アイドルか、ボイメンのようなハロプロや秋元康のようなアイドルプロジェクト路線。
郷ひろみみたいなピンのアイドルは出てこないのだろうか。ジャニーズがいなくなっても
ジャニーズ流は続きそうだ。
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私が母親のアメリカの豊かさ・憧れ、化學や現代主義のみが人々を幸福にする。
進歩こそ正しいという物差しだけですべてが完成している心に共感できたら
自分は幸せになり得たかもしれない。でも現實は母親の考えに心の隙間が
出來ていた。
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ここ最近の紅白のこと
最近は低視聴率にあえぐことをしばしば報道されるけれども、
その背景には、親に無理やり紅白を見せられた世代の人々の復讐みたいなものがあると思う。
本当はドラえもん祭りや、格鬪技を最後まで見たいのに、何やら理由をつけられて
最後まで見る羽目になって毎年年末は苦痛だと思っている人がかなりいそうだ。
心のなかで「紅白ざまーみろ」と思っていそうだ。
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今度の明智光秀、主人公の光秀本人が、所謂る三英傑に近し過ぎる人のような気がする。
逸れ故に光秀の天海僧正説も囁かれるんだ。
だから、「キリンが来る。」を同枠で放映されたベタに三英傑を主人公にした
「おんな太閤記」、「大河家康」、「大河信長」、「竹中秀吉」と比べちゃうんだよね。
コンセプト面では、「おんな太閤記」、「大河家康」に近くて、キャスト面のノリが
「大河信長」、「竹中秀吉」に近い。
前の「いだてん」失敗作のようで、くだんの企画を推す人も少なからずいるのは
沢尻エリカが逮捕される前から「光秀伝」みたいなものへの不信感が少なからずある
と思うんだ。
「おんな太閤記」、「大河家康」がリアタイで放映された時代のコンセプトのまま
突っ走ることを許してはいけないけど。