「そりゃそうです。誰だってひとさまに胸を張れないところを持ってます。(……)さんだって確かに嫌なひとだったのかもしれない。偏差値的な優等性を必要以上に誇ったりするのは確かに愚かしいことでしょう。場合によっては顰蹙を買ってもおかしくない。だけど他人が見たら馬鹿らしいことだって、そのひとにとってはかけがえのない拠り所かもしれないじゃないですか。自分の存在を立脚させ得ることだからこそ、ひとは時として必要以上に己れの長所を誇示してしまうわけじゃないですか。他人には見苦しく映る。その通りです。それを本人が気づかず増長するのだって不愉快極まりない眺めでしょう。愚かしいことです。褒められたことじゃない。だけ
どその愚かしさをやがて自覚するための猶予だってひとは権利として持っていると思う。いくら他人に批判されたって無意味です。自分で気づかないと意味ないんだから。その猶予も与えずただ見苦しい目障りだという理由で暴力も辞さずに排斥されることが許されるのなら、いったいこの世の誰が救われると言うんですか? (……)さんが己の愚かしさに気づくのを待つ心の余裕が、どうして持てなかったんですか? どうして……どうして」
「昔から言うでしょ」(……)「馬鹿は死ななきゃ治らないって」
「百歩譲ってたとえ死がそのための唯一無二の手段だとしても他人の愚かさを矯正できると考える方がずっと馬鹿だと思わなかったんですか。その方がずっと傲慢な愚かしいことだとは思わなかったんですか。どうしてですか。どうして……」
(西澤保彦『完全無欠の名探偵』)
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