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ナランハ@蟹ペン族のことを語る

説明しましょう。

まず用字について。倭人伝を含む三国志の刊本で最古のものは、12世紀中頃のものですが、以後の三国志刊本は全て「邪馬壹國」です。しかし、編纂に当たって、より古い三国志の写本か原本を参照したはずの、『後漢書』『隋書』『梁書』などの史書は、全て「壹」に当たるところに「臺」を使っています。

三国志がもとから「壹」だったとすると、他の史料が筆をそろえて同じ間違いをしていると見なければならず、説明が困難です。これらのことから、魏志倭人伝の「邪馬壹國」が「邪馬臺國」の誤写であろうということは、古くから定説になっています。

「邪馬壹國が正しい」と言ったのは古田武彦です(『「邪馬台国」はなかった』1971年)。しかしこれは複数の学者から多角的に批判・反論されていて、「そういう説もある」というより「古田氏はそう言った」という程度にとどまるとみてよろしかろうと思います。

音について。中国の史書は日本でも古くから読まれています。三国志もおそらく7世紀には読まれていたと思われます。では7~8世紀頃の日本の知識人が「邪馬臺國」をどう読んだかというと、「やまとこく」と読み得たと考えられます。なぜならば、「臺」と同音(上古や中古の中国語の音が同じ)の「苔」の字が日本書紀で「夜摩苔(やまと)」など「と」の音を示す万葉仮名として使われているからです。

時代は下って、松下見林は「邪馬臺」をヤマトと読んでいる(『異称日本伝』1693年)と私は聞いたので、「邪馬臺はヤマトの音を写したもの」という解釈は伝統的なものと言ってよかろうと思います。

「邪馬臺國」を、「アンドン(行灯)」式に、いわゆる唐音で「ヤーマタイコ」と読んだのは新井白石(『古史通或問』1716年)だと聞いています。これが現在通用の「ヤマタイコク」につながるものと思います。

現代の研究による、漢字の上古音や中古音の推定復元から見ても、「臺」を「と」に当てた蓋然性は認められます。ただしそうでない蓋然性もあるので、例えば「やまだ」のような音に当てたとか、いろいろな可能性を考えることもできます。