大学受験生当時、ぼくは薬学部に行きたかった。というよりは、製薬に進みたかった。
けど、回り回って、あきらめた頃にその夢がかなう、ってこともある。
私立の製薬学科を1校受けて合格した。父に入学金のことを相談したら、「入学金はお前に預けるから、払うかどうかは自分で決めろ」と言ってくれた。結局入学金は納めなかった。
国立の前期日程は、第一志望の理科系生物グループ(薬学部もここ)を受けた。自分の高校はヘンタイ学校なので、ほとんどの連中がその大学を受ける。同級生ほどの努力はしていなかったので、あっさり落ちた。
国立の後期日程は、遠方の薬学部と、近所の「生物系にシフトした新学部を創ります!」と宣伝していた工学部化学系とで、最後まで悩んだ。母は遠方を勧めたけれど、結局近所を受けて、合格。母にはがっかりされた覚えがある。
この時点で、薬学も、(手に職系の最高峰でもある)薬剤師資格もあきらめることになった。第二志望校の、実業界から見た実力をよくわかってくれた父はともかくとして、大学をブランドとしてしか判断できない母のことは、落胆させる結果になった。きっと今でも。けれど、高校を出たあとは、ぼくの人生だ。申し訳ないけれど、この決断を許してもらうしかない。
大学に入ってからは、無事できた新しい生物系学部の一番化学寄りの学科に進めた。けれど、部活が楽し過ぎてサボりぐせがつき、研究室は、創薬にもっとも近い有機合成系ではなく、時間にルーズな高分子物理系を選んでしまった。
就職も、氷河期にあたったこともあって、「専門にはこだわらずに民間で」というポリシーだった。だから、職場でやった仕事の大半は、大学の研究とは無関係だった。前任の桑名での仕事はメカ屋だったし。
それが就職から10数年経って、会社に「高分子がわかるひとで医療系やるから。確かこいつは昔そういう専攻だったよな」と見つかり、骨を埋めるつもりだった桑名から呼び戻され……ってなるんだから、正直わからない。
40歳で振り出しに戻ったよ、俺……笑うしかないよね……。というわけで、にやにやしながら仕事してるよ!
