自分に食べ物をくれる人を見て「この人は神様だ」と思うのが犬で「私は神様だ」と思うのが猫だとか、二人の靴のセールスマン理論とか、革靴の理論とか、どれも関係あるのか無いのか分かりませんが(無いのかよ)、子供のころ可愛がられて育った人で「可愛がられたぶん僕も人を愛そう」を思うひとと「僕は愛を受ける側の人間」と思うひとがいるように思えるのは何の違いなんだろうか。本人の資質と可愛がられ方とのマッチングの問題かしら。今日もお疲れさまでした。私はまだまだ終わりそうにありません。
生活今日もお疲れさま!のことを語る
