- - 光 (全)---
「閉めて」
振り返りきらないままにお前は言った。
「・・・なに?」
咄嗟に出た声のトーンを悔やみながら、俺は扉を後ろ手に閉め
ゆっくりと、一歩、一歩、シルエットに近づく。
絹糸の束が無造作に枝垂れ落ちる向こうで
ちいさな光が息をするかのようなリズムで明滅している。
それで俺は自分の狼狽のわけにやっと気づいたのだった。
それは光りではなく髪だ。
俺はお前が髪をおろしているのを、寝室以外ではまだ見たことがなかったんだ。
「蛍」
「蛍か・・・」
覗き込んだ瞳は、緑がかったちいさな炎が点っているだけでいつもと変わらない。
安堵と、ほんのすこしのガッカリを俺は胸に隠した。
お前がゆっくりと腕を天へ伸ばしても、光はやさしくリズムを繰り返している。
「なぁ、どうして人はひとつの夢を見たがるんだろうな」
・・・・・そんなことは俺が聞きたい。
「ひとりじゃ生きられないから、かな?」
安穏すぎる答えの気まずさに俺をしばらく晒してから
「うん、きっとそうだな」
と言い、言いながらお前の眼は光のさらに先の虚空を突き刺した。
それは光に焦がれ、運命を背負って耐えた過去なんだろう。
黒々と長い時間。
俺の指は絹糸の束を梳いていた。いつもと同じように。
でもあのときはたぶん、何かをやわらげたいと思ったんだ。
「ロシ・・・」
「うん」
「ロシ・・・」
「うん」
「ロ・・・」
三度目の声は遮られ、温かく湿った場所へと吸い込まれて行った。
―――デジャヴゥ。
あのときも。
「どうして?」のあとお前は俺の唇を塞いだ。
十年を暗闇で「どうして」と問い続けてきたお前には、
拒絶のわけなど見透かせていたろう。
いや、俺がお前に見透かされてると気づきながら気づかぬフリしていることさえ。
だから・・・答えは最初から必要なかったんだ。

飛び立ったちいさな炎がゆるい曲線を描く暗闇のなかで、
俺は登山家のような足取りでゆっくりと着実にお前を這い降りる。
「蛍は、、、ほんとうに蛍なのかな」
「う・・・ん?」
「この暗号は複雑な情報の・・・束・・・」
「かもな・・・でも・・・幸せになるだけならさ」
「・・・・」
「二文字で足りるんじゃない?」
「・・・・す・・・き?」
「うん」
髪を弄んでいたお前の指先が、ふっと止まった。
「蛍が・・・やっと草原を見つけたらしい」

失礼なヤツらめ!
----(完)---
