Akibmoさんに須賀敦子さんの「しげちゃんの昇天」という小編を熱心に勧められ、読んでみました。
以下はその感想を兼ねた私信です。
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id:Akibmo さま
こんにちは。「遠い朝の本たち」お勧めありがとうございました。昨日「しげちゃん」だけをとにかく読んでみたところ、
何故Akimboさんが私にこれを勧めたのかわかった(気がした)のと、須賀さんの文章の何が邪魔をして
次を手に取るに至らなかったか思い出せたので書きます^^
Akimboさんが意識なさっていたかどうかわかりませんが、これが最愛の友人への追慕を綴った作品だというのは
わたしが日記で過去に書いてきたことと強く関係しているのだろうと思いました。
あまりに時代背景が違うので其々の過去のエピソードにほのかな共感しか覚えることができないまま読み進み
最後の2ページになって「ああ」と思いました。
しげちゃんからの手紙の「昔のままのしげちゃんの字」に可笑しいくらい喜びを感じたこと、東京での再会時交わした
「ほんとうよねえ、人生ってただごとじゃないのよねえ、それなのに、私たちは、あんな大いばりで、生きてた」という
しげちゃんの言葉にです。
それは、ちょうど今家の片付けをしていて過去の思い出と対面していた私にとって泣かずにおれないものでした。
昔、彼女と世界を語っていたとき。「もし何十年先にこの子が死んだら、そのとき世界は半分になる」と
本気で思っていたとき。(ある意味それは今でもそうなのですがw)
さて、もうひとつの「何が邪魔をして次を手に取るに至らなかったか」についてです。
手短にいえば自分と似ているからです。いや、すごく不遜なことを言っているのはわかっていますがw
私はエッセイのようなややゆるい文章を書くべきときに「理と情」のバランスにとても悩みます。
(多分悩んでいるようには見えないでしょうが悩んでいるんですw)
それは私が女であることを肯定的に受け入れながら、なお強度の在る文章とはどんなものかを
ずっと探し続けているからです。
「きちんとソツのない文章を書くことになど何の意味もない」とわかっているのに、、、というコンプレックスが
自分にはあってそれが須賀さんのエッセイを読むと刺激されるんです。
(これは私にはそのように感じられてしまうということであって、須賀さんがそういう作家だと言っているのとは
微妙に違います、念のため)
ですから、勧めくてださるときに「何を気取って・・・という印象を持たれる恐れが」とAkimboさんがおっしゃったことは
ある意味当たっているのだと思います。沢山読んではいないので断言ができませんが、私が一番欲しいと
思っているものがそこにはないような印象を今のところは持っています。残りを読んだら印象が変わるでしょうか・・・
楽しみに読み進めてみます^^
ありがとうございました。
