[二ヶ月]
瓦礫に「オモイデ」のルビをふる、と
天声人語の一節にあった。
昨日テトラポットのことを書いたのは、そりゃばにーちゃんの股間からの連想なわけだがw
股間とテトラを結びつかせているのはあのクマなのだ。
小学校に行くことと弟が出来たことで私はにわかに「おねえちゃん」にされ
父の胡坐の上に無邪気にお尻を埋めることがなんとなくしづらくなった。
クマはその代理にされた。
父がそこまでを意図していたか、
母の複雑な表情がそれに対しての嫉妬だったのか、
真相はともかく、7歳の私は「そういうことなのだ」と確信したのだった。
数年後私はクマにハサミを入れた。
たぶん、ただの「モノ」だと納得したかったのだと思う。
そうして自ら大切なものを「瓦礫」にして大人になろうとしたことを思い出した。
