id:usaurara は
うさのことを語る

[宇治橋つれづれ]

春先、おばあちゃんのことを近いうちに・・・と思ったのにずるずる書けずにいたら
最近某ハイカーさんのおばあちゃんが亡くなった。で、書かなくちゃと思ったのにまたずるずる・・・だったw

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  • 私が持っているおばあちゃん(父方)の写真2枚はどちらも宇治橋で撮ったものだ。(3歳時と10歳時)
    なんでおばあさんてのはこうも神様が好きなんだと不思議に思った。大阪から伊勢は結構遠いのよ。
    あんな、なあ~~~んにも無いところ。あれだったら浜寺公園のほうがずっと近場でエエじゃまいかってw

    それが「偶然じゃない」って気がつくのにえらい時間がかかった。
    それは慰霊だったのだ、たぶん。亡くした長男の。

    父方の祖母は美人じゃないが小柄でかわいい女性ではあった。
    相手の顔も知らず結婚、気ままな遊び人の祖父にかわり、子育ては乳母に任せて畑と蚕を手広くやっていた。
    国のためなのか農の手欲しさか、ジェラールフィリップ激似のおじを含め6人もの男の子を産んだ。
    亡くしたのはそのジェラールよりかさらに男前かつ頭脳明晰で村では評判の愛息だった。
    死んで帰ってきたのは箱だけだと聞いている。

    高校生のとき親友と2人で互いの田舎をまわる旅をして、こちらに戻ってから彼女が呟いた言葉
    「あのおばあちゃんて幽霊みたい。あんな気配の無い年寄りにはなりたくないなあ」が、
    以来私の心に小さな疑問符を残した。
    悪気がある言葉ではなく、その当時喧伝されていた「女性の生き方」とは沿わないという感想だったと思う。
    私たちの高校時代はリブの風が弱くてもまだ吹いていたから。

    私は結婚した。
    そして、長男というものがどんなふうにかわいいものか、かけがえのないものか
    自分が長男を生み育ててやっとわかったら、祖母の生き様がとても尊いものに思えた。
    無言で耐えてひたすら土をたがやして一生を終えた祖母のように私が生きられるとはとても思えない。
    生きているうちに一言でいいからねぎらってあげられたらよかったのに。
    祖母がなくなったのは私がまだ子を持たない雪の日だった。