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「いき」は武士道の理想主義と仏教の脱俗性に対し密接な関係がある。運命によって「諦め」を受け入れた「媚態」が「意気地」によって
自由を生き抜く(※)のが「いき」ということである。
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※ 「いき」の本質である「意気地」と「諦め」とは、この意味での「生きる」ことに根ざしている。そして「息」あるいは「行」は「意気」の次元にまで
高められた時、「生」の根本に還るのである。いいかえれば、「意気」こそが、根本的な意味で「生きる」ことなのである。
――九鬼周造「いきの構造」
