id:zushonos
早い話のことを語る

史上最速の天丼

出先での業務は予想通り長引き、とはいえ本来の勤務先での定時ちょうどといった頃合で終了、直帰することになった。
ちょうどやってきた電車は自宅最寄り駅のすぐ先が終点で、大半の電車がはるか先まで行くので乗客が多いのに対して、かなり空いている。朝はひどい混雑、ひどい乗客に囲まれたが、帰りは助かった。
雨の降りしきる最寄り駅で降りて、ばんめしをどうするか考える。夏の暑さにやられて食欲不振になって以来、食べ切れる気がしなかったアジア料理屋のカレー弁当にするか。朝飯なし、昼飯菓子パンだった今日なら行ける気がする。さもなければ最近売り切れが早くて(あるいは店主が「仕入れ」と称してしはしば遠方に釣りに行って臨時休業してしまうので)帰る時間帯に開いていることが少ない天丼屋で持ち帰り天丼か。両者の価格が同一であることも、私を迷わせる。2つの店は同じブロックにある。とにかくそちらに向かいつつ決めよう。
手前にある天丼屋が目前に迫ったとき、10月に入ってから、自分の指先がひどく荒れ始めたことを思い出す。今日は出先なので問題なかったが、本来の勤務先の入口は指紋認証で解錠しなくてはならず、先週あたりから、なかなか認証してもらえないのだ。アイフォーンなどで指紋認証を使っている人たちには同じ悩みがないのだろうか。
さておき、胃の状態がよかったとしても、指先がこれでは、ナン食を楽しめない。天丼にしよう。
天丼屋は入口入って左手側に厨房があり、右手側がカウンターを挟んだ客席スペース。カウンター席のみ、5つか6つの小さな奥に行くと狭まっている。
入口すぐ右手に食券の自動販売機があり、背中合わせの位置の席に姐さんが一人で座っている。
奥の席にはおっちゃんが一人。このおっちゃんは桜玉吉の漫画に出てきそうな風貌で、通勤途中にしばしばすれ違う。この天丼屋にいるのもよく見かけるが、口をきいたことはない。なお、おっちゃんはイートイン派のようだが、私はたいていテイクアウトだ。
私はいつものようにまず券売機に正対し、すなわちカウンターに背を向ける。店内で食べるときも、持ち帰りも、それぞれの食券を購入するのだ。背後で店主が姐さんに商品を出す気配がする。
「お持ち帰りふたつ、用意できました」と店主。
「えっ、ひとつは持ち帰り、ひとつはここで食べるつもりだったんですよ」と姐さん。
ざわ…ざわ…
「どうしましょう」姐さん。
「ええと、すぐ作り直しま…す」店主。
あっ、これは。
「あの、もしかして天丼の持ち帰りですか」と私。
「はい、そうです」と店主。
「じゃあそれ私が買います」と私。
「あっ、ありがとうございます」と店主。
かくして、私は、史上最速のできたて天丼を購入することができました。
「待ち時間なくて幸運でした」とにこやかに伝えて店を出る私に対し、店主は感謝の表情を、姐さんは事態が解決してほっとしたような、結局余分に待たされるのは変わらないということに対して不満を隠しきれないような、複雑な表情をのぞかせていました。