~栗本薫展いってきたYO!~
閉館間際、文字通り駆け込んできました!
んと、ん~とね、
行く前は、なんかこう、わけわかんないが、これでサヨナラするぜ! くらいの勢いというか、想うところありすぎて行こうか行くまいか悩みまくりだったのですが、
なんかね、いったらね、
あ、本はちゃんとあるんだな、って。
ん~と、これだとはっきり言い過ぎて的がはずれちゃうんだけど、でも、「死」が、怖かったんだなって(ていうか、これ書くと終わんないというか、フィクションじゃないとわたしにはちゃんと言えない。こういうことを書くために小説かいてるんで、ソレはここじゃやらないし、やれない。言葉は平気できもちを裏切るからね)。
なんていうか、
わたしの好きな本は今もじぶんのとこにあるし、
しかもそれは『エーリアン殺人事件』だったり『火星の大統領カーター』だったりの、ほんともうクダラナイ、でもほんとにほんとの愛がなきゃ書けない最高のパロディで。
あと、『セイレーン』とか、か。SFへの片想いな。
じゃなきゃ、やっぱりどう読んでもパロディな『絃の聖域』だし。
って思いながら、みんながグインを熱心にみてるとこでひたすら『魔剣』への恨み言を述べたくなったりして(未完だよ、未完!!! めるどめるどめるどっ!!! オレ様がさいしょにヘンヘの「変節」を思い知ったのがアレだよ、あれ。しかも、その本のあとがきに「物語はいつか必ず語り終えなければならぬ」とか書いてるんだよ。マジで!! ああもうっ、信じられませんことよ! いやでも、コレが、読者と作者の非対称! 知ってるよ、オレ様がそれを思い知ったのがヘンヘの作品だから、その意味でも感謝してるのだ。そうだ、そうだ! 豪いぞヘンヘ、そんなこと教えてくれるひと滅多にないからね。語り部は死なず。書くひとは、死んじゃダメだよ!)。
そんなこんなで当時の、つまりは若かりしころの恨みやら無念さやら口惜しさやらが燃え盛り(?)、
ああなんだ、わたし、ちっとも変わってないし、と(笑)。
もうこの世を去った作家に対しての厳粛な気持ちとかちっともなんないし、こんなにたくさん書いてエライひとだとも思わなかったし、やまほど本出せてしかも読者に愛されて羨ましいみたいな切羽詰った気分でもないし(なんかお客様はわりと多かった模様)、なんだかもう、ああもういいよ。もういい。ほんともう、べつにサヨナラもしないし、もういちどこれを機に読み返すとかもしないし、変わらずに、今までと変わらずに、じぶんの好きな本は手放さず大切にするし、いらないものはいらないし、みたいな。
考えてみれば、「昔、乙女がありました」ってアレが、もしかすると、いまの自分の心境にいちばん近いのかもしれないとさえ思いながら、きのう微熱あったのに走っていってきたじぶんエライ! ガンバッタ! とまで考えて帰ってきました。まる。
(ちなみに、いま熱ナイし。つきものでも落ちたのかしら? 笑)
florentine(磯崎愛)のことを語る
