~なんか、嬉しい☆~
以前にハイクでご紹介した「西洋美術史」本のブクマがたくさん伸びてた!
(お知らせありがとうございます、とお名前ださずに御礼v)
http://h.hatena.ne.jp/florentine/9258652881226396563
アートとか藝術とかゲージュツとかいうと、ちょっと小難しかったりして気が引けるって方も世の中にはおいでかもしれませんが。
(画廊にいると、よく言われるのだっ!!!)
たんに、海外旅行先や日本の展覧会みたりしたとき、ちょこっとでも「見る」ときのコツとかポイントとかがわかったりすると、それがぐっと身近に感じられて面白いかなって思うんですよね~。
特に、西洋美術史っていうのは「絵画を読む」という伝統があったりもするので(べつに読まんでもいいだろって反論もあるでしょうが 笑)、とっつきにくいとこもあるのかな、と。
この、「感じる」でないところに重きをおく「作法」が西洋美術や現代アートから多くのひとを遠ざける「問題」なのかなと思ったりするのですが、でも、まあ、「歴史」というのがとりもなおさずそうなっているんで、いったん相手側の「作法」ですすんじゃうのがやはり早道ではないでしょうか。
前にもお話しましたが、今はそもそもそういう「父の原理」で絵画を読み解くことへの違和感も表明されてますし、東西クロスオーバーな「見方」というのも出てきているので、今後さらにオモロイことになってくんじゃないかなあ☆
ま、そんなことを書きながら、じぶんの小説ではこう書いてるんですけどね(笑)。
「どうせ、そこにあるモノの意味を知らないとわかんないんでしょ? 美術史って門外漢がみたらなんだかとっても難しいじゃない?」
反発のようなことを言いながら、ちょっとだけ、獏の声音がよわくなった。
「そんなこと、ないよ。ただ見ればいいんじゃない? いい絵はその文化圏にいなくてもその時代の文脈を知らなくても、実はわかるんじゃないかと思うの。わかるじゃダメなら、愛する・愛せる、かな。前にはなしたボッティチェッリの『春』なんて、毎年のように新説が出るくらいいくつもいくつも解釈があるのに、なんにも知らないでみても、すばらしいと思う気持ちは変わらないと思う。もちろんそういう背景をわかったほうが面白いだろうけど、でも、もう、その前にいってしまったら、『絵』そのものだけ。もう、膝を屈するような気持ちで祈るように、これがこの世にあって、これを見せてくれて、どうもありがとう、っていう気持ちだけよ」
これが、わたしの本音です~☆
florentine(磯崎愛)のことを語る
