~見てないのにオススメする(笑)のでID頁で☆~
こないだ予告編みて気になってて、
いまやはり見たいと思ったのでご紹介。
(でも見られるのか不安。わたし、先週ぜんぜん出歩けてないし 涙)
(最悪あとでレンタルかな)
映画「第9地区」オフィシャルサイト
http://d-9.gaga.ne.jp/#/TrailerScene
虚実入れ混じった凝った撮影方法をしているらしいです。
映画館で見たとき、そのドキュメンタリー映像部分に心臓をドキリとさせられて。
(わたしはそこがドキュメンタリー部分と知らないで見て、本当に、「え、え? なにこれ、凄く真に迫ってる……」って感じにどぎまぎしたので、ここでも言わないほうがいいのかなと思いながら、でも、オフィシャルサイトで公表されてるので書いちゃうっ。本当にゴメンナサイ! でも、ここを言わないとただの娯楽SF映画と思われちゃいそうだからってことで、すみません。いえ、ただの娯楽SF映画が悪いとかいうんじゃないんですけどね。わたしはB級SF映画大好きなひとなので。う~ん、ジャンルカテゴリーって難しいなあ)
(でもって、それらが何について語られたものかはサイトでご覧になってくださいまし。そのほうが、衝撃です。いや、そうじゃないのかもしれないけど。予測はできてしまっているんだけど。う~ん、なんというか、なんというか、言葉がうまく出てこない。こういうのを言語化すると、少なくとも小説一本かくしかないってことになっちゃうのよね、わたしの場合。誠実に向き合って話そうとすると、じぶんのスタンスに揺らぎがあるから語れないんだよなあ。ええと、ジュネの『恋する虜』を読んでくださいって言うのが、たぶん、いちばん良いこたえです。小説なのかドキュメンタリーなのかわからない、「パレスチナ難民のはなし」を。わたしは、ああいうのがやりたいのだ。身の程知らずにも!)
小説でも、こういう手法で書く作家はいるし(ジュネもそうだし、高橋源一郎さんも「自然主義的手法」ってことに拘ってやってる。ほかにもたくさんいると思う)、わたし自身も用いるスタイルではあるけど、なるほど、いきなりヤラレルと「クる」ね。
(だから発表するのにウダウダ悩む。だいたい「書く」という行為それ自体、ひとの人生を勝手に切り取って他者に譲り渡してしまう暴力性というものを孕んでいることくらい、物書きなら知っていることと思うけど。そうと知ってはいても、考えないですむ問題ではない。その傲慢や不遜の背景にあるものや、現実に書いたものにそこまでの「力」があるかどうかという事実自体との乖離とか、そういう様々なことも考えていかないといけない。まあ、といって、それがあるひとたちにとって「暴力」や「苦痛」やその他、何がしかの酷いもの醜いものであったとしても、書くのやめられないんだけどさ。たとえ美しくとも、世の多くのひとにとって甘くやさしく心地よいものであろうとも、またそれは誰かの、何かの「傷」に成り得るのだから)
紙の上にのってしまえば、または映画館で「SF映画」として流されてしまえば、それらは「虚構」と受け止めてひとは安心する。
そこで「安心」させたくないんだなって気持ちをこの映画つくったひとたちから強く感じた。それは、わたしにも共有できるものだったので。
(リンクうまくはれなくて再投稿なり)
florentine(磯崎愛)のことを語る
