id:florentine は
florentine(磯崎愛)のことを語る

~コッカイ~
 
「生きててごめんなさい」とか「なにもかもシンドイ」と思うときは、
カルヴィーノ様を読むことでやりすごしてきたけれど、
先日とうとうその「魔法」の威力が失したようで、
さて、どうしたものかと考えている。
いまのとこ、しゅのーせんせいのちったーで場をしのぎ、
「読む」(「見る」も含む)ことと自ら「書く」ことで生きていくしかないのだなあと、
なんとなく、覚悟をきめようと思っている。
覚悟なのに「なんとなく」なのはわたしがとっても「弱い子チャン」なせいで、
それはそれでしょうがないかなと(笑)。
年をとって、ひとつ、またひとつと「希望」という名の輝かしいものが失われ、
ただただ「無力」と「不出来」を自覚するだけの日々を送り、
いろいろなものを奪われたり逸したり忘れたりしたけれど、
それらを数え上げて嘆くのは簡単で(いちお、数えられるのだから上出来じゃないかという慰めもあるのだが)、そして、よくそれもしてみるけれど(たまににしようね、って自分にいっても言うこときかないし!)、
いま「あるもの」、どうにかこうにか「残ったもの」「残されたもの」で生きていくしかないのだなと、
死ぬまでは。
 
今日か明日、連載中の小説を終わらせたかったのに出来なかったという、悔恨と懺悔をこめて、書き記しておく。
ほんと、出来ないことが多くて困ったひとだよ。
小説かくしかやれることないのに、それでさえまともにやれないんだから、ごめんなさい。
でもちゃんと、終わらせるよう書いてるから。
読んでシアワセな気持ちになるような小説じゃないけど、そういうあたたかで優しく愛に満ち溢れたものはよそのひとがもうちゃんと用意してくれてるし、わたしはわたしで、痛くて苦しくてイヤラシイ、奇妙でよくわけのわからないおはなしを書く。
そういうのしか、書けないんだもん。
そんなのでも、「わたしのところにいちばんに訪ねて来てくれてありがとね」って言えるように。