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florentine(磯崎愛)のことを語る

~「ルノワール展」いってきたよ!~
 
印象派のひとたちって、お互いにお互いの絵を買いあっている(つまり、その当時はアカデミスムの世界から相手にされてなかったから買い手がつかなかった)のが、妙にこう、胸に迫りました。
って、絵の感想じゃなくて、まずソコですかっ!?
と、ツッコミをいれるけど。でも、見終わっておうちに帰るときに考えたの、それなんだもん。
印象派、ああ、印象派!
  
画商ヴォラールが、ピカソの絵とかで見るよりずっと美形で鷹揚な顔をしてるのがウケた。あれは飾るよ。 
モネの肖像画、その横顔とからだの親密な雰囲気がとても感じイイ。
ヴァトーの絵が見たくなって帰ってきた。堪能。「タンホイザーの舞台」はもろに「シテール島」を彷彿とする優美さ。ふわふわしゃらしゃら、花弁のごとき愛らしさ。今回はじめて気づいたけど、フラゴナール的なコケットリーの文脈じゃなくて、ヴァトー的な「雅宴画」の伝統を踏まえた「お上品さ」がある。それが、ブルジョワジー的な清潔さと共鳴するのかな?
「ブージヴァルのダンス」の女性が、あのシュザンヌ・ヴァラドン(画家にしてユトリロの母)と初めて知る。モデルを多くつとめていたのは知ってたけど、この絵もそうだとは。なんかイロイロ考えてしまった。
いわゆる古典様式にはきっちりと嵌まれなかったルノワールというのも、面白かった。線描へはどうしてもいかなかったのだなと。
とはいえ伝統の厚みは画面いっぱいに感じる。あのキャンヴァスに横溢する質量感というのではなくて(笑)、古典から何からきちんと消化してますっていう、「お約束」の一歩手前のつつましさが、なんとも好ましかった。すごく、地に足がついていながらの「実験」。迷ってるあともたくさん見えるけど、でも、迷走してない。性格なのか。収入のせいなのか。それらは緊密な共犯関係であるのかもしれないけど。
バカみたいなことをいうけど、と断って(笑)、これは毎日ちゃんと、なにがなんでも絵筆をもってなんであれ、描いてるひとの絵だ。そういうのを見ると、わたしはとてもシアワセだ。