~なんか、ふっきれてきた~
しみじみと深く、読み返している。
こたえは、わたしのなかじゃなくて、
むろん読者のなかにもなくて、
「小説」のなかにしか、ナイ。
忘れちゃダメだ。
大事なこと。
(わたしのなかではないのだな。小説の自立性を信じるということ、か。真に「開かれた作品」になれるかどうかさえ、まだわからない。わたしに先立って「小説」があると思うほうが、きっと、いい。わたし(作者)という存在(その揺れ)は、ある種の余分なパラテクストみたいなものだ。文字だけが、テクストだけが、「小説」だ。それが絶対の真理。読者が初めてその「小説」に触れて頁を捲るように、なんの予備知識もなく、感慨ももたず、ただ無心に文字列を目で追い読みこむように。「作者」がいちばんの「読者」であることを、わたしはもっと、愉しむことができる。愉しめばいい)
florentine(磯崎愛)のことを語る
