id:florentine は
florentine(磯崎愛)のことを語る

~じぶんメモ。いま、猛烈にレイフェルおじさんに会いたい気分なの~

高橋源一郎『文学王』に
・・・・・・・・・・・・・・・・・
いわく、
ラファティは「カルト的SF作家」として紹介され、
しかも「だいたいSFファンだってあまり読もうとしないのだ」と続き、
「それはラファティの小説がメチャクチャというかハチャメチャというか自由闊達すぎるからで」、
「ラファティを読んでほかのSFを読むと、SFという形式に囚われすぎているように見え」、
それゆえに、「ラファティをポストモダニズムの作家の範疇にいれてしまう評論家もいる」とのこと。

http://l-chocolat.g.hatena.ne.jp/florentine/20080908/1220886363
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
わたしは高橋さんのラファティ評、ここに全部抜き書きしたいくらいなのです。
 
以下、「」内は、高橋さん。
()は、わたしのツブヤキです(笑)。
 
「その名前がいかにもラファティらしいので、ちょっと紹介してみよう」
(そうそう、ラファティの名前のセンスって、な~んかいつも変なんですよねえ)
 
「いったいどういう連中なのかは作品を読み終えてもわからないのである」
(そうそう、ほんと、そういう感じ。この『わからなさ感』が、小説を読んでいるっていう気をおこさせないというか)
 
「リアリズムの小説にはリアリズムの文法が、ファンタジーにはファンタジーの文法があり、どんなに不可解に見える小説でも読み進むにしたがってその文法に慣れてしまえば理解することはむずかしくない。(中略)ところが、ラファティの作品の文法ときたらメモ用紙になぐり書きしただけの粗末なものに見える。(中略)それにもかかわらずというべきなのか、それゆえにというべきなのか、読者であるぼくたちは最初から最後まで新鮮な気持ちで、そこがまるで見知らぬ場所であるように感じつづけてしまうのだ」
(わかる、わかるわかります! そうそう、そうなのです。だからこそ、コレが、自分のいる世界とかけ離れた生ぬるく安心できるモノじゃないって読むひとに伝わってくるのです。ラファティの本で迷子になる感じは、生きているっていうことそのもののように、ワケワカンナクテオッソロシイのです) 
http://l-chocolat.g.hatena.ne.jp/florentine/20080911/1221135868
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・