id:florentine は
florentine(磯崎愛)のことを語る

呼んだですー☆
りぷらいありがとうございます!
 
西行さんは、そういう意味では「下品」だと思ってるの。わたしは(ここ、傍点で。色んな解釈があるからこその文学ですからね 笑)
雅なひとではあるかもしれないけど、暑苦しいの!
いってみれば体育会系男子。
えっと、モテ系イケメン?(北面の武士ってそういう立場ですよね?)
 
だって、桜に対するあの凄まじいまでの執着!!
どもるような、気持ちばかり先走る歌の数々。
執着心のあるひとは、やはり品がナイでしょう。
悟らないわよ、あの方は(いや、いちお悟ってることになってますが)。
定家卿に判決どうだとか手紙かいちゃうひとですよ? 

勧進もしまくるし、また勅撰集に載りたくてしょうがない気持ち。
源平の戦でどっちからも距離を置く政治センス。
崇徳院との拗れた関係。
 
あのひとは、押しが強くて常に勝負に出ていく殿方。いわば肉食系です。
枯れてるとこと欲望の鬩ぎあいのバランスがいい。
だから女性に迫るときは大胆にでる。で、わたしには矛盾がない。
桜と女院を重ね合わせるのだとしたら、余計に。
  
あと、「秘めた関係」であっても、伝えないと伝わらないというか。
ずっと御簾越しにしか話さないような関係で、決定的な何かがないまま離れ離れでは女院が哀れです。そこらへんは女院側で(笑)。やはりなんらかの「あかし」「しるし」「やくそく」が欲しいです。
その後の展開を考えても、わたしなら、やはり「あからさま」な態度でのぞませます。
もしもあれがドキュメンタリーであれば、おそらくそうやって自然に曖昧にお別れしたことでしょう。ですが、これは「物語」ですし、それこそが「リアリティー」ではないかと思います。
 
あと、「文学の極意?本質?」に関しては、それが広義の意味では、大変もっともな解釈と思います。異論は唱えません。というか、唱えられないほどの基本パターンですよね(笑)。 
 
それから。辻さんの小説は、基本、西洋の恋愛物語の骨格を踏襲しているので、そこらへんが違和感ってことはあるのかもしれないとはお伝えいたします。高貴な年上の美女への道ならぬ恋というのは、日本文学にもありますが、「西行花伝」は明らかに西行さんのビルグンドゥスロマンとして読まれるおはなしでもあるし。
(正直に申しますれば、辻さんの最高傑作は『背教者ユリアヌス』であり、西行花伝はそれと似た構造をもっていて、それゆえに個人的には推せないかな、と。小説の仕掛け等は西行さんのほうが凝っているのですが、でも、ユリアヌスのほうが小説として素晴らしいです、と、わたしは感じます)
 
ああ、でも、西行さんについて語れてシアワセ~。どうもありがとうございます☆
わたしは自分が西行さんになりたい。
吉野の山の梢の桜を全部みたい。この世の桜を見尽くしたい。
 
あ、でも、わたし、どうせ一世一代の恋をするなら、あの偏屈な天才・定家卿としたいと思ってるのです。えへへ☆
(あ~、超絶恥ずかしいこと言ってるよ、このひと。でも、本気)